その2 「とんちソムリエ一休さん」
-コルクを抜いてはいけません-
【お母様方へ】
ワイン・ブームの後遺症で、本を一生懸命読んだお客様がレストランで無理難題をふっかけることが多くなりましたね。
そんなイヤガラセを機転で切り抜けようとするのが「とんちソムリエ一休」さんです。ときには失敗もしますが、みんなに好かれる明るい態度はソムリエにとても大事な要素です。
いろんな状況に応じて、どのようにお客様に接したら良いか、しっかり学習させましょう。できれば、ご家庭でお母様が客になり、実際に試してみるといいですね。

ある日の夜でした。一休さんが勤めている六本木のワイン・バー、「参樹里庵」に、イジワル好きの越後屋さんが現れました。いつも一休さんにやりこめられているので、「いつかギャフン(*1)と言わせてやる」と思っています。
「これは、これは越後屋さん。ようこそお越しいただきまして、ありがとうございます。さて、ワインは何がよろしいでしょうか? 今日は、スペイン、イタリア物で活きのいいのが入ってますが」
一休さんは、ニコニコ顔で聞きました。寺の小僧のいでたちに黒いタブリエ(*2)、クリクリの坊主頭に草履とじゅずというソムリエ姿がよく似合います。
「はい、はい、おじゃましますよ。ところで一休さん、私がこれからお願いするワインを瓶も割らず、コルクも抜かず壊さないで、飲ませてくれますか?」
いつもの無理難題です。お客様の言うことは、すべて満足させなけらばならない、というのがソムリエの鉄則です。一休さんは考えました。
「そんなの朝飯前さ。抜いてダメなら押し込めばいいんだ。ヒュー・ジョンソン(*3)も言ってるし、『頭の体操(*4)』にも書いてある。カンタン、カンタン」。
一休さんは、軽く答えました。
「もちろん、そのように致します」
それを聞いた越後屋さんの目がズルいキツネのように鋭く光りました。
「では、ペトリュス(*5)1990年をお願いしますよ」
|
 |
| ペトリュス |
「はい、かしこましました」
一休さんは、鼻歌代わりに般若心経を唱えながら、足取り軽く地下セラーにトントントンと下りていきました。温度が15度、湿度70%(*6)。理想的な環境で1万本の銘醸ワインが眠っています。澱が舞わないよう、ペトリュス1990年をパニエ(*7)に入れ、越後屋さんのテーブルに持っていきました。
「こちらが、ご注文いただきましたワインでございます」
越後屋さんは、ラベルをチラリと見ると、口の端に小ズルそうな笑いを浮かべて言いました。
「はいはい、これで結構ですよ。じゃぁ、瓶を割らず、コルクも抜かず壊さずで、飲ませて下さい」
「承知いたしました」
一休さんは、ソムリエ・ナイフでペトリュスのキャップ・フォイルを剥がしながら、越後屋さんの不敵な笑みが気になりました。まあ、いいさ。コルクを押し込んで、一丁上がりなんだから。そう考え、得意顔でコルクに体重をかけると、コルクがゆっくり1センチ沈みました。越後屋さんは、そんな様子を余裕のヨッちゃん態度で見ています。
「よしよし、この調子。もう少しだ」
一休さんは、全体重をかけました。さっきはスーッと動いたコルクがビクともしません。
あれ?っと不審顔でボトルの首の部分を見た一休さんは、雷に撃たれたように仰天しました。空気部分が残ってないのです。これでは、どんなに力を入れても、5.5センチあるコルク(*8)は中に入りようがありません。
「どうしました? さすがの一休さんも、降参ですかねぇ? フォッフォッフォッ」
越後屋さんは、嬉しそうに笑いをしながら、蟹のように指でチョキを作っています。バルタン星人(*9)になったつもりなのでしょう。
焦らない、焦らない。一休さんは自分に言い聞かせて、目をつぶって、じっと考えました。小半時もそうしていたでしょうか。その間に、お客様が何組か来て、何組か帰ったようです。一休さんは、急に目を開けると、「そうか、その手があったぁ」と叫びました。そのままの格好で外へ飛び出し、近くの「バッタ屋」へ向かいました。
そこは、越後屋さんが経営する酒屋で、弟の「ケチ後屋」さんが店番をしています。
「オジサン、確か、市価の半額でペトリュス1990年を売ってたよね。1本ほしいんだけど」
「最後の1本が後ろにあるはずだよ」
振り返ると、ドブロクや塩、油が並ぶ棚に、ワインが転がっています。それを見た一休さんは、ニコリとしました。
「これだ、これだ」
一休さんは、代金を払うと、ペトリュスを懐に入れて、飛んで帰りました。
「越後屋さん、大変お待たせしました。では、始めます」
一休さんは、キャップ・フォイルを剥がし、コルクに体重をかけました。今度はスルスルとボトルの中に吸い込まれて行きます。
「さあ、どうぞ。瓶を割らず、コルクを抜かず、壊しもせず、お飲みいただけます」
そう言いながら、越後屋さんのグラスに赤ワインを注ぎました。事の成り行きを見守っていた周りの人は、ビックリして聞きました。
「一体、どうやったんです?」
「いや、いや、簡単なことです」
そう言って、一休さんは得意そうに事情を話し始めました。最初のペトリュスは空気部が1センチしかないのに、5.5センチのコルクが打ってあったので、押し込めないこと、一方、「バッタ屋」のペトリュスは、液面が肩まで下がって(*10)いる上に、コルクが3センチしかないので、簡単に中へ入ったこと。
 |
10 年でこんなに
下がっちゃいけません |
一休さんの説明をじっと聞いていた老人が聞きました。
「なぜ、2番目のペトリュスは、コルクが短かったんじゃな?」
「多分、シャトー越後屋で作った『特別製(*11)』なんでしょう。でも、越後屋さんの酒屋でペトリュスとして売っているワインですから、私はコルクを抜かず、壊さず、ペトリュス1990年を開けたことになります。そうですね、越後屋さん?」
みんなに注目された越後屋さんは、居心地悪そうに言いました。
「こりゃまた、一休さんに一本取られたわい」
越後屋さんはそう言いながら苦笑いをしました。でも、心の中ではペロリと舌を出しています。
「大人を出し抜いて舞い上がっておるが、一休も子供。とんちソムリエとおだてて、最後まで売れ残っていた偽ペトリュスをうまく買わせることができたわい」
了
|