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その3 「養老の赤ワイン」

-イタリアワイン・マニアのお地蔵様-

 【原作:養老の滝伝説について】
 美濃国に,貧しい親子が住んでいた。孝行な息子は,父親になんとか好きなお酒を飲ませてあげたいと願っていたが,貧しい生活の中ではそれは不可能に近かった。ところがある日,この息子が山で石に足を取られて転倒すると,そこから泉が沸き出す。なめてみると,何と酒ではないか。息子はそれを持ち帰り,老父を喜ばせることができたという。

 昔々、三浦半島の山奥の村に、木こりの源三ジイサンと孝行な孫が住んでおりました。

 去年の秋、ワイン大好きの源三ジイサンは、ボージョレ・ヌーボーの解禁日に、三本も一気飲みをしたのでした。
 酔っぱらいの空元気が出て杉の木に上り、親方の制止を振り切って下枝を払っているときに間違って自分の乗っている枝を切ってしまいました。あっという間もありません。二〇尺下の地面へ落ち、腰をしたたか打ったのでした。

 それ以来、オジイサンは寝たきりの毎日で、木に登ることができません。
 今年、十二歳になる息子の庄太は、源三ジイサンの分も一生懸命働くのですが、今で言えば小学校の六年生。朝、星が出ているうちに起き出し、夜は月が輝く時間になるまで働くのですが、所詮は木こりの雑用しかできず、二人の食い扶持と源三の薬代を捻り出すのが精一杯。贅沢どころか、杉の木から落ちて以来、源三ジイサンの好きな酒を飲ませる余裕がありません。

 今日は源三ジイサンの六十八歳の誕生日。せめて、晩酌にチリ・ワインでも飲ませてあげたい。でも、今日は仕事がほとんどなく、一文銭を三枚しかもらえませんでした。情けない思いをしながら、月明かりの道を歩き、家に向かいました。

 いつものように、岩清水がチロチロ流れている隣りのお地蔵様に手を合わせました。早くオジイサンが良くなるようお願いして、立ち上がったときでした。懐から一文銭が転がり、岩清水に落ちてしまいました。慌てて拾おうとしてビックリ。岩清水が真っ赤になっているのですから。

 ラクリマ・クリスティ

 一口飲むと、カシスとチェリーの香りが口一杯に広がります。
これって、赤ワインじゃないか。多分、ラクリマ・クリスティ・デル・ヴェズーヴィオ(*1)だろう」 


 十二歳の子供に、なぜ、田崎真也も真っ青のスゴい試飲能力があるかは詮索しないことにしましょう。とにかく、庄太は大喜びです。お地蔵様が下さったに違いない。オジイサンの誕生日にワインを飲ませることができる。貧乏臭いワインだけど、今のオジイサンにはロマネ・コンティより美味いに違いありません。

 庄太は、もう一度手を合わせてお礼を言い、立ち上がったときでした。また、一文銭がコロコロ転げ、岩清水に落ちました。

キャンティ・リゼルヴァ
マキャヴェリ

 その瞬間、庄太は、流れ出ている赤ワインの色が濃くなったような気がしました。おやっと思って、赤ワインを手ですくい、口に入れて、またビックリ。
なな何と、これは、マキャベリのキアンティ・クラッシコ・リゼルバ(*2)じゃないか


 最初のラクリマ・クリスティとは段違いの豊かなボディーがあり、まろやかなタンニンが口中に広がります。鼻から息を抜くと、スミレ畑でゴロゴロ寝転がっているような素晴らしい香りがたまりません。

 庄太は、狂喜して、水筒代わりの竹筒に赤ワインを入れました。満タンにして栓をすると、お地蔵様にもう一度お礼を言いました。

 立ち上がりかけたとき、読者の予想通り、最後の一文銭が転がり出て、清水に落ちました。

バローロ・スペルス
ガイヤ

 今度は、ほとんど黒に近い赤ワインが流れ出てくるではありませんか。一口飲んだ庄太は唖然としました。
これはスゴい。アンジェロ・ガイヤのバローロ・スペルス(*3)じゃないか


 これはぜひ、オジイサンに飲ませねば。貧乏性の庄太は、竹筒のキアンティ・クラッシコ・リゼルバを飲み干し、空になった竹筒にバローロを詰めました。

 「もっとお金があれば、もっといいワインが流れてくるんだろうなぁ。でも、バローロで十分だ。ありがたい、ありがたい
 まだ子供のくせに、妙に道理をわきまえているところが「相田みつを(*4)」的でイヤミですが、大人を凹ますことばかり考えている「一休さん」よりはマシでしょう。考え方はジジムサくても、庄太の体は十二歳です。キアンティ・クラッシコの一気飲みが効いて、顔が真っ赤になりました。

 家の戸を開けようとしたとき、隣りから欲兵衛さんが出てきました。
欲兵衛さん、こんばんわ
はい、こんばんわ
 その挨拶から、敏感にアルコール臭を嗅ぎ取った欲兵衛さんは考えました。

 「庄太のやつ、酒臭いし、妙に嬉しそうだ。何か訳があるに違いない
 欲兵衛さんは、壁にピッタリと耳を着け、庄太とオジイサンの会話をしっかりと盗み聞きしました。
なるほど、そういう訳か。フォッフォッフォッ

 バルタン星人笑いをした欲兵衛さんは、翌朝、まだ星が出ているうちに天秤棒で大きな甕を二つぶら下げ、懐に一両小判を入れて、岩清水に向かいました。早速、お地蔵様の前に膝まづき、一生懸命、お祈りを始めました。
「お地蔵様、お地蔵様、どうか、私めにロマネ・コンティを授けて下さいまし」
 欲兵衛さんが立ち上がり、清水に小判を放り込むと、たちまち、赤ワインが流れ出てきました。一口飲んだ欲兵衛さんは、大喜びしました。

何と言うすっきりしたウマさ。軽やかでフルーティーな飲み口(*5)は、まさしくロマネ・コンティに違いない
 欲兵衛さんは、甕をワインで満杯にすると、飛ぶように帰っていきました。
 欲兵衛さんの嬉しそうな後姿を見ながら、お地蔵様が気の毒な声で言いました。

ワシがイタリア物しか飲まんのを知らんと見える。それに、あのワインは、ラクリマ・クリスティじゃ。それと、ロマネ・コンティと間違うようでは、何を飲ませても同じ。ありがたく一両、もらっておくとしよう
 そう言いながらパソコンを立ち上げたお地蔵様は、プティットメゾン サイバーワインショップ にアクセスし、一両分のワインをメール・オーダーしたのでした。めでたし、めでたし。
 

了   

今回の特別な1本
キャンティ・クラシコ リゼルヴァ マキャヴェリ 1998年

イタリア・トスカーナ地方

「豊かなボディーがあり、まろやかなタンニンが口中に広がります。鼻から息を抜くと、スミレ畑でゴロゴロ寝転がっているような素晴らしい香りがたまりません。」と庄太が、狂喜するワイン。

中世政治思想家マキャヴェリの子孫に受け継がれた、名門のキャンティ・クラシコ、城の一角は現在キャンティ・クラシコワイン協会の本部となっています。

サンジョベーゼ、カナイオーロ 

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葉山氏脚注
キアンティの知名度にあやかる「便乗キアンティ」もキアンティと名乗らせる代わり、昔から真面目に作っていた老舗キアンティを「キアンティ・クラッシコ」と区別。
 中でもマキャベリは名門中の名門。また、法定年以上の熟成をさせた高級ワインがリゼルバ。

作者脚注
* 1:ラクリマ・クリスティ・デル・ヴェズーヴィオ
ナポリの近く、イタリア半島を脚に見立てると、向うずね周辺で生産する日常消費用ワイン。赤、白の両方ある。ヴェスヴィオ火山が噴火し、被害に遭った住民を哀れに思ったキリストが涙を流した跡にブドウが生え、ワインを作ったという因縁話がある。
  「エスト! エスト!! エスト!!! ディ・モンテフィアスコーネ」と同様、長い名前、大袈裟な由来話、派手なラベルと三拍子揃ったフツーのワイン。(店主追記:当店のラクリマ・クリスティは飲む価値あり!です)

* 2:マキャベリのキアンティ・クラッシコ・リゼルバ
キアンティの知名度にあやかる「便乗キアンティ」もキアンティと名乗らせる代わり、昔から真面目に作っていた老舗キアンティを「キアンティ・クラッシコ」と区別。
 中でもマキャベリは名門中の名門。また、法定年以上の熟成をさせた高級ワインがリゼルバ。

* 3:アンジェロ・ガイヤのバローロ・スペルス
  ワインの王であり、王のワインと謳われた、イタリア・ワインの最高傑作がバローロ。
中でもアンジェロ・ガイヤのバローロ・スペルスは質、稀少価値とも最高で、7.5cmの超ロング・コルクを打つことでも有名。

* 4:相田みつを
  他人をうらやまず、ゆっくり生きよう系の文句を大胆に筆で書いた書家。ワインで言えば、「チリ・ワインでもいいぢゃないか。一生懸命のワインなんだもの」みたいな感じ。
  高度成長後のリストラが始まった頃、背伸びせず小さな幸せを見つけたい人達が熱烈支持。武者小路実篤に代わりトイレ用日めくり市場を制覇。1991年に67才で死去後も新刊書が年に何冊も出る。

  * 5:軽やかでフルーティーな飲み口
ロマネ・コンティはこの逆。渋くて重量感があり、リキュールを垂らし込んだみたいに強烈な香りがする。
(店主追記:当店のロマネ・コンティは10月頃販売再開予定です)

 

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作者 葉山 考太郎(はやま こうたろう)

湘南地区在住といわれる謎のワインライター。
コスプレとタダ酒を異常に好み、タダ酒の飲める場所に突然出没できる恐るべき
臭覚を持つ、といわれている。
BRUTUS、ヴィノテーク等執筆多数。
主な著書に「ワイン道」、「辛口/軽口 ワイン辞典」、「シャンパンの教え」
(全て日経BP社)