
その4 「泣いた赤鬼ソムリエ前編」-イタリア赤ワイン・マニアの赤鬼-昔々、人里離れた山奥に鬼の村がありました。そこの鬼は、みんなワインが大好き。朝から晩まで、大人から子供まで、グビグビ飲んでいました。 意外に知られていないことですが、鬼の皮膚は、本来、透明なのです。赤ワインをたくさん飲む鬼は、赤鬼、白は白鬼になるのです。嘘クサいけど、本当です。もちろん、ロゼ鬼もいます。飲みすぎて、二日酔いになり、顔色の冴えない鬼が、青鬼と言う訳です。 人間の世界では、「鬼も十八、番茶も出花」と、鬼でさえ十八歳にもなると美しくなると言いますが、鬼の娘たちは小学生の頃から色気づき、お化粧やオシャレに余念がありません。そんな娘鬼達の間で大流行しているのが「白ワイン美白法」でした。白ワインを飲むと、スキっと色白になる、ダイエットにもなる、健康になるとのことで、鬼の娘達は白ワインしか飲まなくなりました。 困ったのは、赤ワインを中心に品揃えしているワイン・バーです。これまで、お得意様だったオシャレな独身の鬼娘達が、全然来なくなってしまいました。 イタリアの赤ワインしか置かないマニアックなワイン・バー、「鬼庵亭キアンテイ」も、そんな白ワイン美白法のあおりを受けた一軒でした。鬼庵亭のソムリエ、赤鬼は、一生懸命、打開策を考えるのでした。 ある夜、友人のソムリエ、白鬼が訪ねてきました。白鬼は、シャンパンが好きで、そのため、色白で、いつも口からシャボン玉みたいな泡を飛ばしています。 「赤鬼さん、こんばんわ」 「やあ、白鬼さん、これは久しぶり。白ワイン・ブームのおかげで、キミの店は大繁盛みたいだね」 「おかげさまでね。で、そっちはこれからどうするんだい?」 「いまさら、白の専門店にしたくないし、ボルドーやブルゴーニュの赤に宗旨替えする気もないしね」 「ガンコな赤鬼さんのことだから、そう言うだろうと思ったよ」 「今、人間の世界では、イタリア・ワインのファンがだんだん増えているらしいんだ。これからは、人間相手に、赤ワインのビジネスをしようと思うんだけど……」 「人間の世界も、第5次ワインブームも終わって、客足が減ったとは言え、イタリア物の愛好者は多いからね。それはいい考えだと思うよ」 白鬼に賛成してもらい、自信を深めた赤鬼は、村里のそばにワイン・バーを開店しました。鬼庵亭の看板の下に、大きな立て札をぶら下げました。
「ここは、心のやさしいオニがいるワイン・バーです。 イタリアの赤ワインを各種取り揃えまして、みなさま のお越しをお待ち申しております」
村人がポツリポツリと集まってきて、遠巻きにして立て札を見ています。 「ワイン・バーってなんだろ?」 「よく知らんが、オリンピックの体操種目だべか?」 「そりゃ、鞍馬(あんば) だ」 親父ギャグで盛り上がっていますが、みんな、「ワイン・バー」が何か、気になってたまりません。そこで、村一番の物知りである庄屋様に訊くことにしました。 「何でもご存知の庄屋様にお伺いいたしますだ」 「はいはい、どんなことでも訊いておくれ」 「あのぉ、『ワイン・バー』ちゅうのは何でごぜえましょう?」 「ワイン・バー?」 もちろん、庄屋様も知っている訳がありません。でも、「知らないことでも知っている」と有名な庄屋様は、ドイツ人同様、「知らない」とは言えません(*1)。とっさに、口から出任せを言いました。 「おほん、『ワイン・バー』はな、漢字で『悪飲婆(ワインバ)』と書く妖怪じゃ。『悪飲爺(ワインジィ)』と一緒になって、怪しい酒を飲ませて、悪酔いさせる鬼畜生だ。近寄らんにこしたことはないぞ」 開店から1ヶ月経ったというのに、鬼庵亭に村人は一人も来ません。庄屋様の無責任な一言でこうなったのですが、赤鬼はそんな事情など知らず、一人悩んでいました。 「これじゃあ、家賃が払えないどころか、銀行に金を返せず、仕入れもできないよぉ」 金は入らず、出るのは溜息ばかりです。そんなある日、白鬼がやってきました。店を一渡り見回して事情を覚った白鬼は、いたわるように言いました。 「赤鬼さん、商売、あまりウマく行ってないようだね」 「ああ、ご覧の通りさ。やっぱり、イタリア・ワインだけじゃあダメなのかねぇ。同じ金を払うんだったら、イタリア物の方がフランスより倍の価値はあると思うんだけど。ウチもフランス物も揃えなきゃいけないのかもなぁ」 「そんなことないよ、赤鬼さん。みんな、イタリア・ワインの素晴らしさを知らないだけさ。僕にいい考えがある」 そう言うと、白鬼は赤鬼の耳元に何ごとかささやきました。聞いているうちに、希望の光が赤鬼の瞳に灯り始めました。
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今回の特別な1本
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| 作者脚注 | ||
| * 1:ドイツでは、「知らない」と言うのは「私は大馬鹿である」と同じ意味。ドイツ人に道を訊くと、1時間前に到着した旅行者でも「このあたりの地理は知らない」と言わず、「郵便局はね、真っ直ぐ行って右だよ」とデタラメを教える。 |
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作者 葉山 考太郎(はやま こうたろう)
湘南地区在住といわれる謎のワインライター。 |