
その5 「泣いた赤鬼ソムリエ後編」-イタリア赤ワイン・マニアの赤鬼-次の日の夜も、村に一軒しかない居酒屋には村中の飲兵衛が集まり、いつも通り、ドンチャン騒ぎを繰り広げていました。 「今日は給金をもらったんだ。ドーンと行くぞぉ。おーい、オヤジ、( じゅうよんだい)(*2)を持って来い」 村人の一人がそう叫びながら、懐から小判を出したときでした。金棒を持った白鬼が大きな唸り声を上げて、店に殴り込んできたのです。 「この人間どもめがっ」 白鬼は、金棒で柱を叩き折り、テーブルを真っ二つに打ち壊しました。続いて、厨房へ乱入し( とっくり)や盃を一つ残らず叩き割り、倉庫に入っては酒瓶を全部なぎ倒し、酒樽に次々と穴を明けました。まさに、『鬼に金棒』の破壊力です。村人達は逃げ出そうとしましたが、酔いと驚きのため、腰が抜けて立てません。白鬼は、酒をたっぷり吸った金棒を振りかぶり、村人達に迫った瞬間でした。 「やめろっ、白鬼。俺が相手だ」 そう叫んで現われたのは、緑のマントをまとった赤鬼でした。マントには、「燃える闘鬼」と縫い取りがしてあります。アントニオ猪木のマネをしたのでしょうが、漢字が間違っています。村人には、それに気付く余裕はありません。 「お前は、鬼の面汚しだ、これでも食らえっ」 赤鬼は、白鬼に向かって豆を蒔きました。節分シーズンにコンビニで売っている、お手軽紙パック入り大豆です。常識的に考えれば、大豆で鬼を撃退できる訳がありません。でも、豆を投げ付けられた白鬼は、 「あいたたた。これは( たま)らん。参った。参った。赤鬼さん、許して下さい。もう悪いことはしません」 と小学生の劇みたいな回しで逃げて行きました。赤鬼は、『鬼の首』を取ったように得意顔で胸を張っています。超芝居じみていますが、危ないところを助けてもらった村人達は、単純に大喜びしました。 「赤鬼さん、おかげで命拾いしました」 「本当に、ありがとうございました。お礼に一杯差し上げましょう」 「おーい、オヤジ、一番イイ酒をボトルごと持ってこい」 厨房から顔を出したオヤジが困った顔で言いました。 「それが、だめなんだよ亀吉さん。さっきの白鬼に全部、酒瓶を割られちまった。樽も片っ端から壊して行きやがったんでい」 それを聞いた村人達は絶叫し、大騒ぎになりました。 「えっ? 酒が一滴もない?」 「じゃあ、明日から何を飲めばいいんだよぉ」 「オヤジ、何とかしろよ」 よしよし、計画通りだと、思わず浮かんでくる笑みを噛み殺し、赤鬼は村人に言いました。 「みなさん、ご安心下さい。私は村外れで『鬼庵亭(きゃんてぃ)』というワイン・バーをやっています。赤ワインがいくらでもあります。ぜひ、いらっして下さい。お近づきの印に、大勉強させていただきますから」 村人の一人が言いました。 「ワイン・バーって、怪しい酒を飲ませて悪酔いさせる、妖怪『悪飲婆(わいんば)』のことでやんしょう?」 他の村人も、「そうだ、そうだ」と不安げに頷いています。赤鬼は笑いながら答えました。 「いえいえ、楽しくワインを飲む場所のことですよ。漢字で『( わいんば)』と書きます」 「なんだ、庄屋のヤツ、ガセを掴ませやがったなぁ。おら、前々から、おかしいと思ってたんでぇ。なあ、みんな」 村人は全員、「そうだ、そうだ」と張子の虎のように、首をカクカクさせて頷きました。調子のいい鍛冶屋みたいな村人は、酒につられて、鬼庵亭へ行くことにしました。同じ頃、早寝して布団をかぶっていた庄屋様は、三連発で大きなクシャミが出て、目が覚めてしまいました。 やっと村人達が店に来てくれた。悪役を演じてくれた白鬼の友情に感謝し、村人達に精一杯のサービスをして常連になってもらおうと思いました。 赤鬼は、鬼庵亭のテーブルに座った村人達に、リーデルの「キアンティ・グラス(*3)」を置くと、セラーから名手、フォントーディが作ったキアンティ・クラシコ(*4)を 「赤鬼さん、これは見事な酒ですね。コクがあるのに重くないし、第一、鼻から息を抜いたときの香りが絶妙ですね」 「権兵衛さんの言う通りだ。これまで日本酒ばっかり飲んできたけど、今日から宗旨替えしようかなぁ」 村人達は、たいそう気に入ったようで、あっと言う間にボトルが空になりました。
次に赤鬼が開けたボトルは、キアンティ・クラシコ・リゼルヴァ・ヴィーニャ・デル・ソルボ1997年でした。同じ 「これも、スンゴ〜いワインですねぇ」 亀吉さんの声が裏返っています。 「最初のキアンティに比べると、一段と凝縮度が上がってますね。タンニンと果実味のバランスが絶妙で、ホントに美味いなぁ」 村人達は、鬼(おに)オン・スライスや鬼(おに)ギリを食べ、出されたワインを次から次へ、飲みました。5本目が明いたころから村人達の目が座り、8本目が出たころは暴れたり、裸踊りを始める連中もいました。不穏な空気を察した赤鬼は、一番年長の村人に言いました。 「あのぉ、そろそろ看板なのですが。これがお勘定書きでございます」 「なんだとぉ、もう終わり? 何馬鹿なこと言ってんだ、始まったばっかじゃないか。今から、『鬼のように』飲むんだからな。勘定書きは、さっきの白鬼に回しとけ」 「そうだ、そうだ、八五郎さんの言う通りだ。おい、赤鬼、そこの、『 カーゼ・バッセ1995年』って書いたワイン、うまそうだな。それを開けてくれ」
カーゼ・バッセ(*5)は、イタリア・ワインの宝石と言われるブルネロ・ディ・モンタルチーノの中でも、逸品中の逸品です。年産1,000ケースと微量しかできないのに、世界中のワイン・マニアが手に入れようとするので、殴り合いになるそうです。 そんな超カルト・ワインを開けろと言うのです。何と酒癖の悪い村人達でしょう。もう、手がつけられません。村人全員、人間ではなく、ウワバミや虎になってしまいました。高級イタリア・ワインをさんざん飲まれて、勘定はゼロ。これなら、客が来なかった時の方が損害は少なかったはずです。赤鬼は涙が止まらなくなり、泣きながら鬼の里へ帰っていったということです。 了 |
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今回の特別な1本
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| 作者脚注 | ||
| * 2:世界で一番美味い日本酒。芳醇、端麗という言葉は、この酒のためにある。 *3: ワイン・グラスの最高峰、リーデル社の製品の中で、使い勝手が最高で、コストパフォーマンスの良いグラス。これと、シャンパン用のフルート・グラスがあれば、何も怖くない *4: 品種はサンジョベーゼ100%。1996年にDOCGワイン法が改正されるまで、キアンティとしては違法だった。 |
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作者 葉山 考太郎(はやま こうたろう)
湘南地区在住といわれる謎のワインライター。 |