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その7 「眠れる森のワイン姫」(問題篇)

毎回、日本の昔話ばかりでは、つまらないので、今回はちょっと趣向を変えて(というより、ネタ切れで)、海の向こうのお話です。


 少し昔、北極にほど近いある国に、マルゴーという美しいけれど、ワガママな王女がいました。この3月3日、雛祭りの日がマルゴー王女(*1)の20回目の誕生日なのです。

ヨーロッパで雛祭りを祝うとは思えませんが、そこは童話の強引さ、宮殿で盛大なパーティーを開いてお祝いすることになりました。
 このパーティーのコーディネータとして、星の魔女、水の魔女、木の魔女、雪の魔女、ワインの魔女が招待されました。

パーティーの開会が宣言されると、最初に、星の魔女が王女の前に進み出ました。杖をかざすと、たちまち、宮殿の中が星で輝きました。次は木の魔女がうやうやしく王女の前に現われました。樫の葉を一枚投げると、宮殿の中が緑で溢れ、春の息吹が溢れました。水の魔女が大理石の床を手の平で撫でると、床が湖のように光できらきら輝きました。雪の魔女も進み出て息を吹きかけると、宮殿が雪におおわれたように白銀に包まれました。みんな、あまりの美しさにうっとりしています。

 最後はワインの魔女です。王女の名前と誕生年にちなみ、1982年のシャトー・マルゴーを捧げ持ちました。1982年物は、1945年、1961年(*2)と並び、ボルドーでは20世紀最良のビンテージ。バーゲン・セールで買っても1本10万円はしそうです(*3)。本当は、少しもったいないと思いながら、ワインの魔女はエッフェル塔から飛び降りたつもりでセラーから持ってきたのです。

「王女様の誕生年のマルゴーでございます」
 誕生年のワインを飲めるのは、幸運なことですので、王女はとても喜びました。コルクを抜いて、すぐに飲みたいと言いました。ワインの魔女は、うやうやしく王女に言いました。
「王女様に申し上げます。このワインは、さきほど、私が箒に乗って運んできたところでございますので、澱が舞っております(*4)。また、温度が低いので、少し暖めませんと、タンニンがギシギシして口の中が紙ヤスリを敷いたようになるでしょう。コルクを抜いて、1時間ほど室温に慣らせますと、飲み頃になると思います」

 ワガママいっぱいに育った王女は、我慢ということを知りません。
「いやだ、いやだ、アタシ、毎日ワインを飲んでるほどワインが大好きなの。だから、今すぐ飲みたい、飲みたいの」
と駄々をこねました。
 執事によりますと、王女が好きなのは、リープフラウミルヒ(*5)や、シュヴァルツ・カッツェ(*6)のような軽やかでアルコール度数の低いドイツの白ワインとのこと。ワインの魔女は、少し不安になりました。マルゴーのように濃厚な赤を飲んで大丈夫だろうか? 
 でも、「泣く子と地頭には勝てぬ」と申します。いや、こうなると、「泣く地頭の子」状態で、誰も勝てません。

ワインの魔女は、仕方なくラギオールのソムリエ・ナイフ田崎真也モデルを出すと、1982年のマルゴーを開けました。最初の1杯をリーデルのボルドー・グラスに注ぐと、王女に差し出しました。王女は、グラスを鷲づかみすると、喉を鳴らして一気飲みしました(*7)。

ワインの魔女はびっくりしました。
 おいおい、これはマルゴーの1982年だよ、もっと、尊敬の念を持って、味わいながら、じっくり飲んでもらいたいものだね、まったく。この頃の娘は、一人前にマルゴーって名前は知ってるけど、味わい方は知らないようだね。

 王女が最後の一滴を飲み干すと、大きなゲップを出しながら言いました。
「このワイン、物凄く渋くて重ーい。アタシ、これ、大嫌い」
 王女は、マルゴーのボトルに背を向けると、テーブルに並べたコーラの缶を掴み、プルトップを開け、一息で飲んでしまいました。この王女様、見かけによらず、何でも一気に飲む豪快な性格のようです。プハッとコーラ臭い息を出すと、ワインの魔女に向かって言いました。
「こっち方が、よほど美味しいじゃないのよ」

 ワインの魔女は、むっとして言い返しました。
「お恐れながら王女様、マルゴーはボルドーに輝く大粒のルビーでございます。1982年は、熟成するのに長い年月がかかりますが(*8)、ひとたび花が開きますと、その香り、味わいは例えようもないほど、素晴らしい物かと存じます」

「何言ってんの、今、美味しくなきゃダメでしょ。こんな渋いのは料理に使うのがお似合いよ。今、厨房でコック・オー・ヴァン(*9)を煮込んでいるはずだから、その鍋に入れておしまい」

 マルゴー1982年が料理酒!? それを聞いたワインの魔女は、プッツンとキレてしまいました。恐ろしい顔で呪文を唱え始め、最後に、「マルゴーが目覚めぬ限り、姫も目覚めぬ」と言った瞬間、王女に呪いがかかり、床にくずおれて深い眠りに落ちてしまったのです。

 王国は大騒ぎになりました。王女は、叩こうが揺すろうが、すやすや眠り続けています。
王様はおろおろして魔女の元へ行きました。手には、ラ・ターシュの1988年(*10)をぶら下げています。
「お願いじゃ、姫の目を覚まさせてくれ。もし、願いを聞いてくれたら、これをやろう」 ワインの魔女の目の前で、ラ・ターシュが揺れています。ワイン冷蔵庫でじっくり熟成させたように、目減りもほとんどなく、ラベルもピカピカ。ボトルの底にはきれいに澱が溜まっています。ルビーのように輝く赤色を見ると、もうたまりません。魔女は王様からボトルをひったくると、自分のワイン冷蔵庫の中へしまい、鍵をかけました。

「ありがたく、いただいておくよ」
「では、姫を助けてくれるんだな」
「半分だけな」
「半分だけとはどういう意味じゃ?」

 ワインの魔女は、王様に巻物を3巻渡しながら言いました。
「この巻物には、それぞれ問題が1つずつ書いてある。これを順番に開ける。3つとも解いた男が姫にキスをすると、願いを叶えてやる」
 いかにも童話みたいな展開ですが、王様はすぐさま、国中の男を宮廷へ集めるようお触れを出しました。

 6歳の子供から80歳のじいさんまで、100人ほどの男が集まりました。でも、みんな、なぜ集められたかよく判りません。
「ウマいワインを飲ませてくれるそうじゃ」、
「いや、王女様とエッチができるそうじゃ」、
「だったら、俺、帰ろうかな。もうすぐ、『名探偵コナン』が始まるんだ。今日は、解決篇だから、見なくっちゃ」、
「ご褒美に、ル・パンを1本もらえるらしいぞ」、
「だったら、我慢して残ってようかな?」

どうも、男どもは、王女よりワインの方に関心があるようです。
 ドラの音が鳴って、大臣とワインの魔女が現われました。ワインの魔女は、手に巻物を持っています。大臣が言いました。
「よいか、今から第一関門の問題を読み上げてもらう。正解者はボランジェのRD(*11)を一本もらえるぞ」
 RDと聞いて、男どもは、おーっと叫び声を上げました。魔女は、巻物を開くと言いました。
「ここに並べた5つのワインを級の小さい順に並べ替えよ」
 魔女の合図で大臣はテーブルの布を取りました。そこには、次のようなワインがキチンと並んでいます。

 @ベイシュヴェル (*12)
 
Aオー・ブリオン (*13)
 
Bランシュ・バージュ (*14)
 
Cピション・ラランド (*15)
 
Dカロン・セギュール (*16)

 男たちはざわざわし始めました。
「そんなの、楽勝、楽勝」
「ソムリエ試験の時は必死で格付けを覚えたけど(*17)、合格した瞬間に忘れてしまった」
「飲んだことないのばっかりだから、判らない」

 時間が来て、解答用紙を回収すると、直ちに採点が始まりました。
もちろん、正解は、
Aオー・ブリオン(1級)、
Cピション・ラランド(2級)、
Dカロン・セギュール(3級)、
@ベイシュヴェル(4級)、
Bランシュ・バージュ(5級)です。

150年前の格付は、今の品質とは全然違うので、覚えていても仕方ないということでしょうか、100人いた男が一挙に20人に減りました。魔女が言いました。

「では、第2問じゃ」
 いきなり解答者が5分の1に減ったのを見て、大臣が少し不安そうな顔をしています。
魔女は朗々とした声で問題を読み上げました。

「ここに10本のワインを置いた。さっきと同じ要領で、このワインを小さい順に並べ替えよ。ただし、何の順番かは各自がよく考えよ」

 先ほどと同じように、大臣が布を取ると、次のような10本のワインが並んでいました。

 @サンジョセフ (1988年物だが、生産者不明)
 Aクロドラロッシュ   (ルロワの1990年)
 Bシャンベルタン   (生産者、生産年不明。コルクがボロボロで目減りがひどい)
 Cナパ         (生産者、生産年とも不明の赤ワイン)
 Dムーランアバン    (ジョルジュ・デュ・ビュッフの1989年)
 Eニュイサンジョルジュ (アンリ・グージュの1985年)
 Fハーランエステイト (1991年。保存は完璧)
 Gゴッセ (通常のノンビン)
 Hトーレス (グラン・コロナスらしい)
 Iイグレック (1995年)

 何だこれは? 何の順番なんだ? 生産年でもなさそうだし、パーカーの点数(*18)と
も考えにくい。悩んでいるうちに制限時間の10分がたち、解答用紙が回収されました。
 咳払いをすると、魔女が言いました。
「正解は、次の通りじゃ。

 Iグレック (*19)
 Eュイサンジョルジュ (*20)
 @サンジョセフ (*21)
 Bャンベルタン (*22)
 Gッセ (*23)
 Dーランアバン (*24)
 Cパ (*25)
 Fハーランエステイト (*26)
 Aロドラロッシュ (*27)
 Hトーレス (*28)

  難問だったであろうが、答えを聞いたら、なるほどと思うだろう? それぞれのワイン
の頭が数字になっておるのじゃ」

 男たちは、溜息をついています。何だ、ワインと全然関係ないことじゃないか、と文句
を言う者もいます。20人の中で正解者は5人だけでした。正解者には、大臣からルフレー
ブのモンラッシェ1986年(*29)が1本与えられました。5人とも、大喜びです。そんな喜
びとは逆に、大臣は憂鬱になりました。この中に最終関門を正解できる奴はいるんだろう
か? ワインの魔女は涼しい顔で第3の巻物を開けました。5人の男は、じっと聞いてい
ます。
「では第3関門じゃ。さっきの10本のワインを、別の法則に従って並べ替えよ。以上だ」
 さて、別の法則に従って並べると、どうなるでしょう?

 @サンジョセフ (1988年物だが、生産者不明)
 Aクロドラロッシュ   (ルロワの1990年)
 Bシャンベルタン  (生産者、生産年不明。コルクがボロボロで目減りがひどい)
 Cナパ         (生産者、生産年とも不明の赤ワイン)
 Dムーランアバン    (ジョルジュ・デュ・ビュッフの1989年)
 Eニュイサンジョルジュ (アンリ・グージュの1985年)
 Fハーランエステイト (1991年。保存は完璧)
 Gゴッセ (通常のノンビン)
 Hトーレス (グラン・コロナスらしい)
 Iイグレック (1995年)

解答篇はこちら
                              

今回の特別な1本
*:シャトー・マルゴー     Margaux 1er Grands Crus Classes
 

失楽園のラストシーンであまりにも有名になったボルドー最高峰のワインです。5大シャトーの中では繊細で優雅なタイプでまさにワインの女王と呼ぶにふさわしい風格です。1980年代以降オーナーが変わって特にその味わいが高まりました。

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(*1):美貌の映画俳優、マーゴ・ヘミングウェイは、祖父の文豪ヘミングウェイがシャ
   トー・マルゴーが好きで名付けたらしい。日本のマルゴー・ファンは、娘に「丸
   子」と名前をつけるんだろうか?

(*2):当たり年は、豊作なので、量が多いのが普通だけど、1961年物は、霜にやられ、
   生産量が物凄く少ないため、見つけるのは、「謙虚な政治家」を探すより大変。

(*3):1982年物は、高価だけど、量はあるので、1961年に比べると、探すのは簡単。

(*4):これを、専門用語で「旅の疲れ」と呼ぶ。揺すったほうが美味かったという実験
   もあるので、実体は不明。不味かったときの予防線の意味で「旅の疲れが残って
   いるかもしれないけど」と言いながらコルクを明ける人も多い。

(*5):ドイツで一番多く作っている白。少し冷やして飲むと美味い。ワイン通は飲むべ
   きでないとの不文律があるので、美味くても、不味そうに飲むのがお約束?

(*6):黒猫の乗った樽のワインが美味かったという故事が有名な白。大袈裟な由来話の
   割りには平凡な味。猫に酒の味が判るとは思えないしね。

(*7):高級ワインをタダで飲ませてもらうときは、1分に1ミリずつ飲み、そのたびに
   鼻から息を抜いて、「いい香りですねぇ」と感心するフリをすべし

(*8):温度の低いセラーに入れておくと、熟成は更に遅くなる。生きてるうちに飲みた
   いなら、温度を高めに設定すべし。

(*9):ブルゴーニュ地方の名物料理。ブツ切りにした鶏と野菜を赤ワインで煮込む。と
   きどき、シャンベルタンを使う人がいて、ヒェー、一鍋三万円!?

(*10):これにひれ伏さない人はない、ブルゴーニュの伝説的なワイン。

(*11):出荷直前にデゴルジュマン(澱抜き)をしたボランジェ社の看板的シャンパン。熟
   成香りがあるのに、泡が若々しいので、女子高生なのに、30代の色気があるよう
   なもの。そのせいか、ジェームス・ボンドがご愛飲。

(*12):サンジュリアン村の有名シャトー。「ワインの東京23区」と言われるメドック地
   方で、安価ながら(他に比べた話)、これは別格の味だと言ったら、「小田島」の
   オヤジも、ワシも昔からそう思っていたと言われ、固く握手してしまった。

(*13):1級格付けの中で、一番虐げられている、可哀相なワイン。でも、1級の中では
   一番柔らかく、ブルゴーニュの雰囲気があるので、ファンは多い(もちろん、私も
   その一人)。

(*14):「ワインの東京23区」といわれるメドック地方の中で、「港区」と呼ばれている
   のがポ−イヤック村。そこを代表するのがこれ。「貧乏人のムートン」といわれ
   るが、ムートンを越えることも。

(*15):「港区」と呼ばれるポ−イヤック村で女王格がこれ。柔らかい味わいが身上。

(*16):ラベルにハートが印刷してあるので、欧米ではバレンタイン・デーの必須アイテ
   ム。そのロマンチックな外見とは逆に、メドックで最も固く、長期熟成に向く。

(*17):ソムリエやワイン・アドバイザーの資格取得の勉強で、最初に暗記させられるの
   がこのメドックの61シャトーの格付け。続いて、グラーブ、ソーテルヌ、サンテ
   ミリオンの格付けを覚える。試験前の会場では、みんな、お経のようにシャトー
   名を唱えている。

(*18):元弁護士のアメリカ人、パーカーがワインごとに100点満点でつける点数。これ
   が世界のワインの価格を一方的に決める。だから、フランスの生産者と仲が悪い。

(*19):デザート・ワインの最高峰、シャトー・ディケムが作った辛口の白。珍しいので、
   1回飲むと5年は威張れる。

(*20):ブルゴーニュで最も男性的なワインを産する村。ファンが多い。プロは、短く
   「ニュイ」と呼ぶ。

(*21):ローヌのワイン。色が黒に近く、濃厚な赤。夏に飲むと、毛穴からタールが出る。

(*22):ご存知、ブルゴーニュが誇る世界最高峰の赤。

(*23):かなりマニアックなシャンパン。

(*24):ボージョレの中で、最も濃厚なワインを作る村。20年寝かせると、ブルゴーニュ
   の特級の味がすると思うのは私だけではないはず。

(*25):カリフォルニアの「港区」。サンフランシスコ空港から1時間少しで行ける。

(*26):パーカーが誉めて超有名(超高価?)になったシンデレラ的カリフォルニア・ワイ
   ン。黒くて濃くて重いという、判りやすい味わい。

(*27):ブルゴーニュの特級畑。貧乏人が買えるブルゴーニュの特級は、これとエシェゾ
   ーくらい?

(*28):スペインの名門生産者。20年物が数千円で買えるのがエラい。

(*29):上記の(*10)と同様、これにひれ伏さない人はない、ブルゴーニュの伝説的な白
   ワイン。

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作者 葉山 考太郎(はやま こうたろう)

湘南地区在住といわれる謎のワインライター。
コスプレとタダ酒を異常に好み、タダ酒の飲める場所に突然出没できる恐るべき
臭覚を持つ、といわれている。
BRUTUS、ヴィノテーク等執筆多数。
主な著書に「ワイン道」、「辛口/軽口 ワイン辞典」、「シャンパンの教え」
(全て日経BP社)