
第1回 駒沢出身のローヌ異端醸造家、大岡弘武 33歳
芸術家やプロスポーツ選手たちと同様、最近はワイン醸造の分野でも、日本人の海外での活躍が注目されています。
日本人によるフランスでのワインづくりは1980年代から始まりました。 当初はサントリーやメルシャンなど企業によるボルドーシャトーの買収でした。日本経済隆盛の当時、フランスの保守層からは、「日本企業による経済侵略」的な批判を受けましたが、結果的に買収されたシャトーから生まれたワインが素晴らしい品質となり、その手腕を高く評価されています。 21世紀の新しい動きは、日本人の若手個人栽培醸造家が直接フランス各地の畑に入ってワイナリーを起業する、というものになっています。
東京出身の醸造家大岡弘武氏は、まさにその中の注目される日本人。自らの名前をもじった「ラ・グランド・コリーヌ(大きな丘)」というワイナリーをローヌ地方の小さな村サン・ペレイで興しました。 彼の造るワインは、濁ったまま。例えば、あなたがフランスを旅行して、現地の農家で造るワインを瓶詰めされる前に、樽から直接酌んで飲むようなスタイル。とても新鮮で素朴ですが、一般的な製品化されたワインと比べると、率直に言ってかなり異端です。 ところが、実は大岡さん、日本で化学を専攻し、本場ボルドー大学でワイン醸造の上級技術者の資格まで取得したという、経歴としては正当派なのです・・・。
彼のスタンダード・ワインは、「ル・カノン」と名付けられています。フランス俗語で「一杯」という意味。(本来は大砲=カノン砲の「一発」から来ているらしいです)。赤、白、ロゼ様々なタイプがありますが、当然のように醸造中の澱がたくさん入っています。そのため、新鮮で生き生きとしていて親しみやすさがあります。肩肘張らずに気軽に飲んで欲しいという心意気が感じられる、2千円台の気軽なワインなのです。正当派のスノッブなワイン(もしかするとそういう社会風土)に対する反抗を訴えかけてくるようで、気どって何年も熟成させる、なんてことを全く考えずにグビグビ楽しく飲んでください。ただし、冷蔵庫などで低温管理しておかないと味が壊れてしまいます。
僕は個人的な印象として、ワインは陶磁器とに多くの共通点を感じます。シャトーラトゥールや、マルゴーのような超一流のものには、リモージュやセーブル磁器の高級品に通じる素晴らしさ・・・土から生まれたものが、芸術的職人の鍛錬によって、伝統に裏打ちされた、研ぎ澄まされたような美しさと豊かさ、洗練されたデザインと華やかな色彩が心に響きます。大岡さんのワインは、それと正反対の手びねりで素焼きのゴツゴツとした土器のようなもの。無骨な荒削りですが、大地の逞しさと生命力の喜びを感じます。ガラス瓶が発明される前に、地元の中だけで飲まれていた太古のワインを飲むような感覚に近いかもしれません。ただ、荒々しさの中に独特のセンスが感じられるのは、素焼きの土器の内面に、リモージュやセーブルを経験した職人が造るような彼の確かな経験と技術が生かされているのでしょう。やはり日本人らしい繊細なバランス感覚も生かされているのだと思います。
彼の濁ったワインたちは、どれも強烈な個性を放ちます。いわゆる自然派と呼ばれる有機栽培、無添加、無濾過、無清澄のワイン。酸化防止剤を添加せず醸造中の発酵による炭酸ガスを少しだけ残して瓶詰めするために、独特のプチプチした微かな炭酸が口当たりに感じられますし、酵母の香りが残ります。 その強い個性のため、これを飲んでその素直な味わいに虜になる人たちも多い反面、「二度と飲みたくない」と拒絶する人もいる、そんな両極端の味わいです。以前カリフォルニアのワイン生産家に飲ませたことがありますが、「カリフォルニアでこんなタイプのワインは、製品として許されない。」と、商品としての存在に驚愕していました。 大岡さんのワインは、フランスのワイン法の中でも、当然のように最低ランクの「ヴァン・ド・ターブル」ばかり。しかし独特のセンスを感じさせる自然な味わいが、パリの自然派愛好家たちの間でも話題になっているのです。もしかすると日本人の造るワインということもあり、繊細な日本食ブームが追い風となっているのかもしれません。・・・そんな素朴な味わいが、気軽な価格で日本で楽しめることになったことは、とても嬉しいことです。
彼の造り出すものは、基本的に辛口のラインナップですが、今回リリースされたものの中に、始めて珍しい甘口赤ワインが登場しました。「ル・カノン P」と名付けられたこのワインは、実は偶然の産物です。本来辛口で収穫するために準備を進めていたグルナッシュというブドウですが、辛口に仕上がる糖度に達した時、彼のワイナリーのタンクでは瓶詰めの作業が終わっていませんでした。そこで1週間ほど収穫を遅らせたところ、糖度が高くなり、そのままワインを造ってみたら、アルコール度15.5%のワインに仕上がった時点で残糖が26gr/Lあったのです。この量は400 gr/L以上もの残糖がある貴腐ワインに比べるととても自然な気軽な甘さ、という感じで、実際心地よい余韻が感じられます。きっちり冷やしてデザートにチョコレートと一緒に楽しんでも良いですし、今の時期ですとヴァニラ・アイスクリームと一緒に楽しむことができます。ただ、偶然の産物なので今後また造られるかどうかはわかりません。
いずれにしても夏休みの昼下がり、都会の喧噪を離れてひととき楽しむワインとして、貴族的なボルドーやブルゴーニュではなく、土にまみれた自然な味わいを、ガブ飲みして楽しんでみてはいかがですか。
内池 直人
〜大岡弘武氏プロフィール〜 1974年 東京生まれ 1997年 明治大学理工学部工業化学科卒業後、渡仏。 ボルドー大学第2大学・醸造学部で2年学ぶ。 BTS Viticulture-Oenologie(醸造栽培上級技術者)の 国家資格を取得後、ドメーヌ ジャン ルイ グリッパ(ギガル社 傘下)で栽培責任者として働く。 2003年 1月からティエリー アルマンにて栽培長として栽培・醸造に従事 しつつ、「ラ・グランド・コリーヌ」を起業。自分の畑4ha所有。 |