ワインは語りかける

第2回 21世紀のシンデレラ・メルローを造る
  篠原麗雄(しのはら・れお) 34歳

 Leo Shinohara

 

 

ワインの最大の聖地といえば、誰もがフランス、そしてボルドー地方を思い浮かべると思います。歴史的にも、品質的にも世界のワイン造りをリードし続けているのは、ボルドーであることに疑いの余地はありません。

 

宝塚市出身の篠原麗雄さんは、2002年からボルドーのコート・ド・カスティヨン地区にわずか0.8haの畑(ロマネ・コンティの半分)を取得し、ワイン造りを始めました。

 

彼のワイン醸造の師は、ジャン・リュック・テュヌヴァン氏。テュヌヴァン氏は、アルジェリア生まれのフランス人。世界遺産サンテミリオンでのみやげ物屋兼ワインショップを元手に、40歳の1991年、シャトー・ヴァランドローを創設しました。1991年はブドウが成熟するのが大変に難しかったビンテージでしたが、ヴァランドローは、このファーストビンテージから、類希な凝縮感とリッチで柔らかな口当たり、そして深みのあるスモーキーで甘い香りを生みだしました。これは明らかに今までのワインと別次元のもので、たちまち世界のワイン愛好家を魅了しました。

 

ご存じの方も多いことですが、中世以来の歴史を持ち、1855年に公式格付けされたシャトーは、ラフィットやマルゴーをはじめとした、ジロンド河左岸のメドック地区。貴族や大企業によって支えられています。これらメドックの格付けシャトーは、カベルネ・ソーヴィニヨン種を主体に造られ、高貴でしっかりとした構成を持ち、ある意味禁欲的な美しさを感じさせる味わいです。

 

対して、ジロンド河支流であるドルドーニュ川右岸のサンテミリオンやポムロールのメルロー種は、大変に妖艶で快楽的。新参シャトーであるサンテミリオンのヴァランドローは、メルローの魅力を最大限に発揮し、長い歴史の中で固定化されたヒエラルキーに対するアンチ・テーゼとして、大変な話題を集めたのです。一夜にして大変な人気を得たことから「シンデレラ・ワイン」と呼ばれて、多くの支持と、また同時に多くの批判を生みました。保守層からの誹謗や中傷もありましたが、市場ではマルゴーやラトゥールを凌ぐ価格で取引され、17年を経た今日もその地位を確固たるものにしています。

 

そんな立志伝者であるヴァランドローのオーナー、テュヌヴァン氏に弟子入りした一人の若い日本人がいました。彼こそが篠原麗雄さんです。

篠原さんは、当初関西のワイン輸入会社で働いていました。そのバイヤーとしてテュヌヴァン氏と出会いましたが、彼から1999年に仕事を手伝うことを誘われてボルドーの生活が始まりました。当初はワインの輸出部門での活躍を期待されていたようですが、彼の関心は次第にワインを造ることに移っていきます。そして、ヴァランドローで醸造の修行を重ねる中で自分自身のワイン造りへと夢が広がっていったのです。

ただ日本人の若者が個人で手に入れるのは、銘醸地サンテミリオンでは大変に困難。そこでサンテミリオンの数分の一の価格で入手できる隣村のコート・ド・カスティヨンに新天地を見出すことになりました。実はコート・ド・カスティヨンは、サンテミリオンから同じ土壌が続く、緩やかな丘陵地。歴史的には英仏百年戦争の最後の戦いが行われた古戦場として有名です。(1453年夏、この戦いに敗れたイギリスがボルドーから撤退しました)夕刻にこの緩やかな大地を眺めていると、中世の歴史を偲び感慨が増してきます。

 

 さて、サンテミリオンには石灰粘土質・砂利・砂の約3種類の土壌があります。有名なオーゾンヌの畑が典型的な石灰質土壌で、もっとも品質の高いワインが生まれます。ちなみに名高いオーゾンヌと最近話題のパヴィーとの決定的な違いは、石灰質土壌の比率ともいわれています。そしてこの石灰質土壌は、コート・ド・カスティヨンにも続いている部分があり、篠原さんとテュヌヴァン氏が見つけた小さな畑がまさにこの高貴な石灰質主体の土壌だったのです。

 

 篠原さんの取得した僅か0.8haの畑は、自身の名前である麗雄(れお)から、『クロ・レオ』と名付け、2002年から生産を開始しました。ボルドーで一般的な「シャトー」を冠しなかったのは、あまりに小さな畑だったのと、日本人的な謙遜からでしょう。クロ・レオは、その畑の小ささを生かして、徹底的な手作業による高品質化をはかっています。

 

いわゆる高級シャトーが、1本の樹に10〜15房程度に抑制するのに対し、クロ・レオでは更にその半分にまで収量を落とし、少ない果実にすべての養分が集中するように育てます。また、収穫は当然手作業ですが、良質な房を選ぶだけではなく、最良の粒だけを選ぶ粒選り作業によってクリーンで充実したワインができあがるように努めているのです。これだけの作業をするシャトーは、ボルドーの中でもほとんどないほどです。数万円のシャトー以上の手間がかけられているのです。

 

収穫や醸造についてはテュヌヴァン氏やオーゾンヌのヴォーティエ氏から常に適切なアドバイスをもらえるという、大変に恵まれた環境にあります。これは彼の人柄によるものなのでしょう。そして、彼を支えるのは、フランス人の奥さんであるキャロリンさん。彼女は日本語が堪能ですが、麗雄さんとの出会いはなんと北京で中国語の留学をしていた時に一緒だったことだそうです。

 

彼のワインは年間たった180ケースほどしか造られません。リリースされたのは2005年までの、4ビンテージのみ。その味わいは、高級なサンテミリオンに通じるものがありますが、放漫でゴージャスなスタイルとはちょっと違います。メルローの柔らかでリッチなボディーに、抑制のきいた気品が感じられるのは、日本人らしい感性ともいえるのかもしれません。最近は、ボルドー全体で過度な凝縮を反省し、土壌のニュアンスを追求したデリケートな味わいに回帰する動きがあり、彼のワインもその新しいスタイルに通じています。

残念なことに彼のワインは大変に少なく、まだ知名度は低いのですが、現地では着実に評価され始めました。今後の発展をより期待したいと応援しているのです。

内池 直人