ワインは語りかける

第4回 トム・クルーズが愛飲するフランス南西地方のワインとは  

アラン・ブリュモン

 Alain Brumont

 

 

ヴィクトル・ユーゴーが愛したシャトーマルゴー、アレクサンドル・デュマが愛したモンラッシェ、そして村上龍氏が愛するシャトー・ル・パン等々・・・、ミーハーな話題でもありますが、有史以来、偉大なワインが各界著名人に愛されていることは、様々な文献などで紹介されています。

 

 さて、名優トム・クルーズにも愛飲のワインがあります。その銘柄は、シャトーモンテュスとシャトーブスカセ。決して有名銘柄ではなく、ワインにかなり詳しい人でも首をかしげるかもしれません。生産地はボルドーからスペイン国境近くまで南下したピレネーの麓にあるマディランという場所。土着的なイメージの強いフランス南西地方のものです。使用されている品種も「タナ」というここでしか使われていない、男性的で荒々しいキャラクターが特徴。隣接している両シャトーとも、アラン・ブリュモンという生産家が造ります。彼のワインは、この地方で随一という傑出した素晴らしい品質のワインで、著名な☆付きレストランには必ずオン・リストされていますが、マルゴー、モンラッシェのような世界に冠たる銘醸地の偉大なワイン、というわけではありません。生産者であるアラン自身も、無名生産地マディランを世界に広めた功績により国家からレジョン・ドヌール勲章も受けたほどで、ワイン造りと家畜として育てていた牛に関しては寝食も忘れるほど熱心ですが、それ以外には全く関心が無いという、いたって素朴な人柄です。実際今でも、トム・クルーズがどれほどの人なのか、アランは何度も会ってお金持ちの友人という意識はあるものの、それ以上には理解していないようです。

 

Michel Guerardの庭園

レストラン内部

 トム・クルーズとこのワインの出会いには、逸話があります。

この秘境ともいえる生産地マディランから程遠くない、これも山奥の温泉地エジェニー・レ・バン村に、この地方で唯一(というよりフランス西部唯一)毎年ミシュランの三ツ星に輝くシェフ、ミッシェル・ゲラールのレストランLES PRES D'EUGENIE(レ・プレ・デジェニー)があります。カロリーが低くても美味しい自然料理で、豪華に食べながらやせる「キュイジーヌ・マンスール」を実践するホテル・レストランとして知られています。世界各地のセレブたちが長期滞在してリフレッシュする場所として、作家ピーター・メイルも紹介しています。

 

アラン・ブリュモン夫妻は近所でもあるので、よくここのレストランで食事をするのですが、数年前のある日夫妻が普段通り食事をしていると、突然トム・クルーズと 前妻ニコール・キッドマンがパリから700km以上離れたこの片田舎のレストランに登場したのでした・・・。

この時ワイン造り一筋で映画スターなど知りもしないムッシュ・ブリュモンは、当然誰が来たのかわからず、平然としていたらしいのですが、マダムを始め、食事をしていた若いカップルたちは一瞬にして全ての動きが止まってしまい、その人達の全ての目だけが同じ一点に集中し、彼らが着席する動きを追っていったそうです。

トム・クルーズとニコール・キッドマンは、わざわざ休暇を利用してこの世界的に有名なシェフの野鳥料理を食べに遙々訪れたのでした。

 

そしてこのディナーに彼らが指名したワインが、この地方最高の造り手として知られているブリュモンの”シャトー・ブスカセ ヴィエイユ・ヴィーニュ”だったのでした。地元の最高の料理に地元最高の造り手のワイン、とセオリーに従ったわけです。

この時、機転がきくソムリエがトム・クルーズに「本日のワインを造られたのは、実はあそこで食事をされているブリュモン夫妻です。」と紹介があり、劇的な交際が始まりました。

 

以来、トム・クルーズはこの地によく来るようになり(有名な自家用ジェット機「ガルフストリーム」で)、その際にはシャトー・モンテュスとシャトー・ブスカセを訪問し、時にはこのシャトーに滞在することもあるそうです。ちなみにニコール・キッドマンと別れたあとも、来日時のTVインタビューで、彼がモンテュスのボトルを持って自家用ジェットの脇に立つシーンが放映されていましたので、交流は引き続いているようです。

 

さて、そんなブリュモンの造るワインとはどんなものでしょうか。タナという土着品種を使った非常に重厚でタフな味わいが特徴です。通常は単調に荒々しくなってしまうこの地方のワインですが、ボルドーの最高級ワインを造るように丁寧に育てて、収量を落とした結果、凝縮感と上質感のありながら、この地方の力強い個性を感じさせる、大変にしっかりとした風味が生まれました。 僕はトム・クルーズをよく知るわけではありませんが、ラトゥールやマルゴーのような貴族的なワインではなく、知られざる地方の一般的と評価される土壌と品種を再認識させたモンテュスとブスカセを友愛する姿勢には、様々な困難を乗り越えて現在の確固たる地位を揺るぎないものにした、トム・クルーズ自身に重なり合う共通点があるように強く感じます。

徹底的に鍛錬されることにより、粗野な部分が見事に制御された、筋肉質で素晴らしく力強い味わい、そしてそれを生みだすアラン・ブリュモンのストイックなまでにワイン造りに熱中する職人的な姿に、トム・クルーズは友愛と尊敬の念を感じ取ったのではないでしょうか。

ワインの味わいから、トム・クルーズの人柄もうかがい知ることが出来るような気がします。

 

 

内池 直人