ワインは語りかける

第7回 土地の香りが漂うシャンパーニュ、レコルタンの魅力  

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 シャンパーニュ地方 中心部の地形
Region de Champagne Principal

 

 

 クリスマスをはじめとして、華やかなパーティーの席上では、世界中でシャンパンが楽しまれます。

シャンパンといえば、一般市場に広く浸透しているのは、モエ・エ・シャンドンやテタンジェなど大手銘柄で、有名ファッション・ブランド(モエ、ヴーヴ・クリコは、ルイ・ヴィトン資本傘下)や世界を網羅する国際酒類資本グループなどが経営権を持ち、その潤沢な資金力を背景にした広告宣伝によって、ブランド・イメージを高く印象づけています。大企業の戦略的な経営によって、華やかなマーケティング・プロモーションが展開されている、これは工業製品としては当たり前のことですが、ファイン・ワインとしては希有な例です。大手ブランドは、この戦略によってシャンパンを他のスパークリング・ワインと別次元の高品質な飲み物である認識を浸透させ、また実際に高品質を保つ努力をして成功しました。これらブランド・シャンパンは、きれいなボトルとラベルによって飾られ、味わいはどれも洗練され、そして各ブランド・イメージのテイストがしっかりと感じられるように造られています。大量生産される飲料が高い品質を保つのは、シャンパンならではの実力です。ただ、大手ブランドのスタンダードものは、その多くがとてもきれいな味わいをもちますが、「シャンパーニュ」というとても広い地方の概念以上の、細やかなひだにふれるような、土地の個性は感じられません。

 

実は、シャンパンでも他のワインと同じように、それぞれの土地に根付いた家族経営の小さな農園兼シャンパン醸造家、というのが存在します。業界用語で「レコルタン」と呼ばれる小規模自園栽培醸造家たちのことです。ほとんど目立たない存在でしたが、最近日本でもその存在が認識されるようになり、個性的な味わいが注目されています。

 

 シャンパーニュ地方では、生産村毎に格付けがされています。プルミエ・クリュ(1級)や、グラン・クリュ(特級)に格付けされた村の畑は、シャンパーニュとして認められた畑全体の30%程度しかなく、生産量はさらに少なくなるために、一般的にはここでつくられた貴重な葡萄は、栽培家から大手生産家が高く買い取り、ドンペリなどの特別なプレミアム・シャンパン用として使われます。

 

しかしながら、昔からこの良質生産地に居住する農民たちにとってみれば、単に自分たちが代々受け継いできた畑の葡萄で、シャンパンをつくることでしかありません。つまりグラン・クリュの村に住む栽培醸造家にとっては、グラン・クリュのシャンパンしかつくることが出来ない、という傍目からみればとても贅沢な日常が存在しているのです。そして、これら家庭規模の醸造栽培家の中で独立心が強く、醸造技術の高いレコルタン生産家が最近市場で高く認められるようになったのです。

 

 シャンパーニュのなかでも土壌的に優れた場所は、中心都市ランスの南から少しゆがんだY字状に位置する小さな地帯です。格付けされた特別の土壌を持つ村は、この限られた場所だけとなっている極上の生産地です。

更にこの地帯は、山あいのモンターニュ・ド・ランス、中腹渓谷のヴァレ・ド・ラ・マルヌ、東向き丘陵のコート・デ・ブランという三地区にわかれ、はっきりとした土地の個性と味わいが表れます。

 

モンターニュ・ド・ランス
モンターニュ・ド・ランスの風景

 モンターニュ・ド・ランス地区では、文字通りランス郊外の南向きにある山の斜面に、心地よいブドウ畑が広がっています。なだらかな山野上部から見下ろす一面のブドウ畑の風景はとても魅力的です。ここではブルゴーニュでも有名な黒ぶどう、ピノ・ノワールが中心に栽培されています。コクと力強さが基調のシャンパンとなります。

 プルミエ・クリュであるシャムリー村のレコルタン(=栽培醸造家)フレデリック・マルトレでは、50年前くらいに流行ったであろうクラシックなラベルから、無骨ながら、熟成感とコクのある、いかにも土地の薫っているようなテロワール・シャンパンを造り出します。近隣のリリー村では、ヴィルマールというレコルタンが、木樽発酵・熟成させたワインから、柔らかく味わい深いシャンパンを造り出しています。

 

 グランクリュのアンボネイ村では、何といってもレコルタンの第一人者、エグリ・ウーリエがピノ・ノワールの魅力たっぷりで、鋼のようにしっかりとした強靱なシャンパンを造り出します。フランスでもっとも権威あるワインの年間評価本「クラスマン」において、☆☆☆を獲得したのは、ボランジェ、クリュッグ、サロン(大手有名銘柄)にこのエグリ・ウーリエだけということからも、その素晴らしさが証明されています。ここの当主フランソワ・エグリは、完璧主義者と評されていますが、まさにシャンパーニュ地方人の典型的なキャラクターで、とても寡黙な人。こちらが質問しても口数少なく、淡々としている職人気質。「30分しか時間がない」とか言いながら2時間以上語り続ける、一般的な生産家の姿とは随分な違いです。彼が造る男性的なしっかりとしたシャンパンは、リリースされて1年以上たってから、更に円熟度が高くなります。

 

ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区は、バランスの良さが魅力。

グランクリュのアイ村は、大手の銘家ボランジェがあることでも有名ですが、ここのレコルタンであるガティノワは、深み、エレガンス、熟成感といった様々な要素を持つ、バランスの整った魅力あるシャンパンを生みだします。

 

コート・デ・ブラン
コート・デ・ブランの土壌

 

 

そして、繊細なエレガンスが際だつのがコート・デ・ブラン地区

ほとんど白ブドウのシャルドネ種だけが植えられています。

薄い表土の下は、真っ白な白亜質(大理石)土壌となって、特別なミネラル感が高貴なシャルドネに与えられます。その上で幸運なことに、この場所だけ東向きの斜面が連なっています。ブドウ栽培の北限といわれるシャンパーニュ地方は、朝の時間帯に南向きの渓谷地などでは霧が発生してしまい、表皮の薄い繊細なシャルドネはカビ被害でやられてしまいます。ところが、東向きで朝日を充分に浴びることの出来るこの地区は、霧が発生しないために繊細なシャルドネが健康的に育成できるのです。シャルドネから造られるシャンパンは、泡のキメが実に細かく、とても繊細で微妙な味わいをもつ、女性的でエレガントな味わいになります。

 

プルミエ・クリュのキュイ村には、まさにアペリティフ(食前酒)に最適な繊細でドライなタイプを生みだす、ピエール・ジモネが良いものを造っています。格付けされたブラン・ド・ブランとしては、とてもお値頃なのも嬉しいところです。

 

グラン・クリュの小さな村、オジェにはちょっと変わり種の貴族生産家、アンリ・ド・ヴォージャンシーの館があります。民宿兼レストランにもなっている趣深い屋敷には、「19世紀以来の結婚博物館」が併設されています。古き良き時代における田舎の結婚衣裳などを鑑賞できます。ここの名物は、そのもの「愛(恋人たち)のキュヴェ」と題された、ハートに2羽の鳩が描かれたシャルドネ100%の清らかなシャンパン。味わいは、さすがグラン・クリュの土壌から生まれる高貴なミネラル感たっぷりです。

最も白亜質の強い、真っ白な土壌を持つメニル村は、最上品質のシャルドネを生みだします。ここの地元生産家ロベール・モンキュイは、艶やかな酸がきれいな味わいを持つ魅力的なブラン・ド・ブランをスタンダードクラスでも造り出しています。

 

近年シャンパン業界では、世界的な需要の高まりから、畑をむやみに増やしたり、区画あたりの収穫量を増やすなど、品質低下を招く動きが(全てではありませんが)、圧倒的な力のある大手業者を中心とした傾向として出てきています。自社畑比率を少なくしても「ともかくシャンパーニュと認められる場所」から、葡萄やワインの選別を甘くして掻き集めるように確保して生産拡大しています。

 

ところが、例えばボルドーでの「シャトー元詰め」や、ブルゴーニュの「ドメーヌ元詰め」と同様に、土地の個性が最重要視されるワイン生産においては、例外はあるものの、限られた優れた土壌を持つ畑の土地を直接所有し、優れた技術と努力をする生産家の造るワインが最も優れている、という大原則があります。

 

世界的な金融バブルがはじけた今、大騒ぎをやめて、ものの本質を見極める時期に来ているのではないでしょうか。華やかなブランドではない、土地と個人の味わいを反映した個性あるレコルタンのシャンパンを、しっとりと味わってみる良い機会だと思います。

 

                                         内池 直人