ワインは語りかける

第8回 アンチ・グローバリゼーションとしての、
『自然派』濁った有機栽培ワイン  

 

 

 

 フランスをはじめとした、ヨーロッパ・ワイン生産者の方向性と消費者の求める指 向は、今日明らかに減農薬、有機栽培化へと向かっています。

フランス食品振興会に よるデータでも、有機栽培(ビオロジック)のぶどう栽培を実践している農家の件数 は1907軒、面積は転換中のものも含めて22509haで、06年から1年間に1 9.7%増加。フランス全体のぶどう畑が2.3%減少している中で、大幅な伸びで す。この流行は、最近日本の消費者の間にも広まりをみせています。

 

「有機栽培ワイン」と、一口で言っても一般的なオーガニック栽培ワイン(有機栽 培によって収穫されたブドウを従来通りの方法で仕込んだもの)から、天体の動きな どの神秘的な要素を含むビオディナミという農法を取り入れ、醸造法にも自然の要素 を高めた、『自然派』と分類される特別なグループまでありますが、この認識につい ては、一部のマニアを除いて、消費者の間で定着されていません。

 

『自然派』のワインは、話題性もあるために、昨年は一般雑誌などのメディアでも取 り上げられることが多くなってきました。このことから、最近ではマニア以外の愛飲 家たちにも味わう機会が多く持たれてきています。 ・・・ただ、急進的な『自然 派』ワインは、従来の常識を破ったスタイルであるがために、購入をいただいた消費 者の方々からも多くの問い合わせをいただくことになりました。そのほとんどが 「濁っている」、「口当たりがプチプチしている」というものです。

 

そもそも、『自然派』のワインをわざわざ購入しようという消費者は、有機栽培へ の意識も高いデリケートな感覚を持つ人なので、「濁っている」、「口当たりがプチ プチしている」・・というのは、欠陥品と疑ってしまうことも当然のことです。実際 カリフォルニアの生産者にこのスタイルのワインを試飲してもらったところ、「面白 いとは思うけれど、アメリカ市場では外観上クリーンでなければいけないので、この タイプは受け入れられない・・・」と言っていました。

 

濁った『自然派』の無添加・無濾過をモットーとする生産家のワインは、基本的に 最初から澱を残して一緒に瓶詰めする造りとなっています。開栓前にボトルを光に透 かしてみると既に多くの澱が混ざった、言葉を換えれば濁った状態となっています。 これは、酵母やブドウの粕、酒石酸などです。この種のワインは、日本酒で言うとこ ろの、「薄にごり荒搾り」のような状態で、タンクからそのまま味わうような旨み成 分のたくさん感じられる味わいとなっています。(基本的には澱を沈殿させて上澄み を飲むことをおすすめします)赤ワインだと目立ちにくいのですが、白・ロゼでは顕 著です。 「口当たりがプチプチしている」ことに関しては、酸化防止剤(SO2) 添加を減らす、若しくは添加させずに酸化を防ぐために、発酵中に発生する炭酸ガスをわざと (少量)液中に残して仕込むために、プチプチした口当たりになります。(SO2に 関しては、発酵熟成中に自然発生もするために、無添加であってもラベル表記上は 「酸化防止剤含有」と表記されています。) 全ての『自然派』ワインが濁っているわけではありませんが、この濁った、プチプ チしたスタイルこそが、一部の流行生産家たちに見受けられる共通のスタイルです。

 

有機栽培全体の動きとしては、ヨーロッパでは、90年代初頭にエコセールECO CERTという認証組織ができた頃から野菜を中心に急激に広まりました。ワインで も同じ時期から、パリなど都市に住む知識層により注目が高まりました。

 

知識層が関心を高く持ったのは、食の安全と同時に、手造り有機栽培の販売スタイ ル(主に朝市や専門の小さなお店で売られています)が、マクドナルドを中心とした アメリカ型グローバリゼーションへのアンチ・テーゼとしてとらえられたことも、大 きいと思います。世界的なチェーンストアによる価値観、味わいの画一化、アメリカ 一極集中主義への反抗として、とらえられたことです。(フランスでもマクドナルド は各地に出店して繁盛していますが、アンチ・グローバリゼーションのデモなどで 真っ先に標的にされるのは、このマクドナルドです)

 

パリのマドレーヌを中心とした界隈では、有機栽培専門の食品店やレストランが数多くあり、レストランでは、この濁った『自然派』のワインが好んで飲まれるように なりました。この流行が、メディアで紹介され、日本でも注目されるようになったの です。・・・ただし、日本に上陸した時には思想的な背景は薄まって、「新しい味」 としての流行となっています。 ところで野菜などの場合、収穫された葉などを食べることから、有機栽培は残留農 薬を危惧する健康志向への直接的な方向性ですが、実はワインの場合は、収穫された ものが発酵・醸造の過程を経るために、基本的には収穫物自体の残留農薬を気にする 心配はありません。その健康への対象は人ではなく、ブドウの樹に向けられたものです。

 

ブドウをはじめとした果物や野菜は気象条件や害虫の被害を受けやすいので、ワイ ン生産の安定供給と、生産性拡大のために、60〜80年代にかけて世界中のブドウ 畑では、化学肥料と農薬の使用が一般的でした。ところが、80年代後半以降からの 供給過多と、ワインの品質訴求の高まりから、今までの生産方法の間違いが指摘され るようになりました。

 

大量の化学肥料と農薬によって支えられたブドウの樹は、根を深く張らなくても安易に育ってしまうために、土壌の様々な要素を吸収しないで、単調な果実を大量に造 り出すことになります。優れたワインの基本要件は、根を深く張って、養分をしっか りと吸収することと、収穫量を落として、数少ない果実に栄養を集中させて凝縮度を 上げることです。また、大量の化学肥料と農薬によって支えられた畑の土壌は、土地 本来のもつ様々な微生物やミネラル分がもたらす複雑性が失われて、砂漠のように なってしまっていることも指摘されました。

 

フランスを代表とするヨーロッパのワインは、「土地の個性を反映させたもの」で あることが、求められていることから、従来の生産方法は高級ワインの本質を否定し てしまうことになります。 ちょうど同じ時期である1980年代以降に、カリフォルニアなど新世界のワイン が台頭してきました。天候が良く雨の降らないカリフォルニアでは、果実感に満ちた たっぷりとしたタイプのワインが安定的に生産され、気軽に楽しめることから、ヨー ロッパのワイン市場を脅かします。ヨーロッパの生産者たちはこの新世界からの対抗 も含めて、自分たちのワイン造りのアイデンティティーの原点である「土地の個性= テロワール主義」に立ち返ることになり、無秩序な農薬や化学肥料の使用を反省することになったのです。

 

農家であるワイン生産家たちの若い世代も、大地の力を甦らせるワイン造りとし て、有機栽培に注目し、そしてその運動が組織化された時に『自然派』とよばれる今 までの概念を打ち破った個性的なスタイルの様々なワインが生まれることになりまし た。これらのスタイルは、大雑把に言えば、今までのワインと比較して、『生ワイ ン』的なキャラクターを持つもの、と考えていただければわかりやすいと思います。

 

フランス・アルザス地方のクリスチャン・ビネール、ブルゴーニュのシャソルネイ や、イタリア・ヴェネト州のサッサイア、などが、典型的な濁った『自然派』スタイ ルです。ビネールやシャソルネイでは、まさにフレッシュなタンクの中にあるような 新鮮さの中に、雑味も含めた荒々しい果実感が、若い生命力を感じさせますし、イタ リアのサッサイアには独特の酸化過程を経たみだらし団子的な風味が、他にない個性 的な旨みのある風味を生みだしています。このコラムで紹介した、フランスで活躍す る日本人生産家、大岡弘武さんや新井順子さんも典型的な『自然派』といえます。

 

もちろん、評価の高い生産家はともかくとして、『自然派』=素晴らしいワイン、 濁っている=美味しい、というわけではありません。『自然派』以外のもので、美味 しくつくられたものがたくさんありますし、『自然派』のスタイルは、特に嗜好性の 高いものです。旨さとは普遍的なものですし、『自然派』以外の様々なスタイルのワ インに美味しいものがたくさんあることも事実ですから、僕個人としては、『自然 派』至上主義にはどうしてもなれないのも事実なのです。一部では「旨い・不味い」 を超越して、もはや「信じる・信じない」という領域に入ってしまっているようで、 どうも宗教戦争みたいになってしまいます・・・。

 

ただし、いずれにせよ今日では、とても熱心な輸入代理店の努力もあり、きっちり と温度管理をされた配送によって、日本でも現地の生産家を訪問してタンクから直接 飲んだ時のような、瑞々しい状態の個性派ワインを飲めるようになりました。これら のものは、前にも述べたように『生ワイン』のような性格を持つので、温度管理等に デリケートにならなければいけませんが、冬の寒い時期であれば、あまり気にせず、 気楽に飲むことができると思います。

 

アメリカに新しい大統領が生まれたこの時期に、価値観の転換として、アンチ・グ ローバリゼーション運動を考えながら、今までの概念とチョット違ったワイン・・・ という意味で楽しむのでも良いですし、単純に個性的なフレッシュ・ワインを楽しむ 目的で生産者が丹誠を込めて造った『自然派』ワインを味わってみることも面白いと 思います。

 

                                         内池 直人