ワインは語りかける

第10回 「二人の日本女性が支える、
二つのブルゴーニュ小規模生産者」 
シモン・ビーズとシュヴロ  

シモン・ビーズ

ビーズ夫妻(上)とシュヴロ夫妻(下) 

 

 

仕事を辞めて妻になることは、一般的に女性にとっては、今まで蓄積したキャリアを閉ざすことになりかねませんが、家族的生産規模のワイナリーでは、共同生活を営む中で夫と共に素晴らしいワイン造りを支える女性の存在は、とても重要です。

 

ブルゴーニュ・ワインの中心地といえば、いにしえの中世城壁都市ブルゴーニュ公国の趣をそのまま現在にのこす街ボーヌです。旧市街は、楽に徒歩で観光が出来るくらいのこぢんまりとした静かなところ。この旧市街を出ると、まもなく一面の葡萄畑が広がります。コート・ドール(黄金丘陵)と呼ばれる東向きのなだらかな斜面が南北に延びて高貴なワインを生み出しています。

 

この地に嫁入りをした日本人女性が、二人います。(もしかすると増えているかもしれませんが)一人は時々マスコミにも登場する、マダム・ビーズ・千砂さんです。ボーヌから5分ほど車を走らせた、丘陵の中腹上部にサヴィニー・レ・ボーヌと呼ばれるさらに小さな村があります。ここが、ビーズ家のワイナリー「ドメーヌ・シモン・ビーズ」があるところです。(ドメーヌとは、自分の畑で造る生産家のこと)シャンベルタンなどといった超高級ワインと同じピノ・ノワールから赤ワインが造られていますが、そのような有名銘柄にみられるような孤高な存在ではなく、少し南に位置するせいか、小粋で果実感豊かな中に、繊細さを感じさせる、親しみやすい存在です。ビーズのワインは果梗ごと仕込むのが特徴で、注意して造らないと青臭くなる危険がありますが、ビーズ家では、常に独特な複雑さを持つ優れた香味を生み出しています。

 

 ご主人である現当主パトリック・ビーズ氏は、以前から専門家の間では評価の高い生産家でした。ただ、ブルゴーニュの伝統的な家族経営の典型で、常勤では家族と僅かな使用人が働いている程度、世界的な品質であっても、プロモーションやパブリシティなどといった活動とは無縁な、日々の農作業と伝統的ワイン醸造を地道に行って過ごしていました。

 

・・・そんな住民数百人での農村生活ですが、風景が一変するのが収穫期。一年間でもっとも忙しく、多数の臨時雇用人が1ヶ月足らずの間だけ入ってきます。1997年のこのときに、パリの銀行で国際金融を担当していたエリート社員の千砂さんが、休日を利用して収穫に参加してきたのでした。 程なく魅力的な日本女性とワイン醸造家の跡取り息子パトリックとの間には、恋が芽生えました。保守的で親族同士の結婚が多いブルゴーニュで、初めて東洋人のお嫁さんが誕生することになったのです。

 

 もう一人のヒロインは、ボーヌからさらに20km程南下した、コート・ドールの最南端マランジュ村に嫁いだシュヴロ・かおりさんです。「マランジュ」といってピンと来れば、かなりなワイン通だと思います。ここまで来ると一般の観光客はほとんど訪れず、このワイナリー、ドメーヌ・シュヴロでも、元々は毎年定期的に直接購入するワイン好きのフランス人か、一部のレストランが訪ねてくる程度でした。かおりさんは、元国際線のスチュワーデス(最近は「客室乗務員」と呼ばなければならないのでしょうか?)という、かなり華やいだ仕事をしていましたが、仕事を通じて知ることとなったワインへの興味が高まり、ついにはフランスに滞在して、ボルドー大学醸造学科に留学することになりました。ここは、街のワイン・スクールとは異なり専門家の養成講座であり、フランス各地はもとより、世界各国のワインを志す人が集まってくる大学です。ここでブルゴーニュからワインを学びに来たシュヴロ家の長男パブロと知り合い、結婚することになったのです。パブロは、ブルゴーニュの片田舎であるマランジュ村の人間ですが、パブロは子供の時から10年以上合気道を習うことにより、日本と日本文化を深く愛していたのでした。彼は有機栽培による純粋な果実間あふれるワインを造ります。日本の古典的な文化を愛する姿と、有機栽培の自然な風味に共通点が感じられます。

 

千砂さんとかおりさん、いずれの二人の場合も「銘醸地のワイン生産家夫人」といえば、おしゃれなイメージもあるかもしれませんが、都会人同士の国際結婚と違って、畑に囲まれた完全な田舎農村生活です。しかも、ボルドーの大シャトーであれば、まずまず城主マダムとしての上品な生活がありますが、ブルゴーニュでは、自らも農作業を夫とともにし、収穫時には数十人分の食事の世話までしなければいけない過酷な労働が待っています。周囲も、家族親戚が固まる典型的な農村。日本の都の生活とは比べものにならないほどとかけ離れた、フランスの地方生活の中で、国際経験豊かな日本人女性が暮らしていくことの困難には、様々なことがあったと思います。

 

 そんな中で、二人の日本人女性は、彼らのワインの成功をとても重要なポジションで支えました。世界の輸入業者をはじめとして、評論家などのマスコミ関係者、そしてハイ・ソサエティーのワイン愛好家たちとの交流は、国際経験豊かな彼女たちの協力無しには成し得ないものでした。そしてもちろん、普段の家庭生活(二人とも母として子供を育てています)や、収穫時の大仕事も、日本女性独特の我慢強さとバイタリティーが発揮されているのです。ただ、彼女たちにしてみても、結婚した時からこのような形でキャリアが生かされることは、考えていなかったと思います。2000年に初めて千砂さんにお会いした時には、ある程度の片鱗が垣間見られましたが、まだ子育てが精一杯、という感じでした。毎日の営みの中で、夫と共にワイン造りに対して一生懸命前向きに経験を重ね、その過程で少しずつ自分の存在意義が大きくなったのです。

 

冒頭にも書きましたが、主婦であることは、女性として一般的にはキャリアが生かされる場ではない、とみなされがちです。しかしながら、ワイン生産家のマダム、というのは偉大な妻であり、立派な母であり、主婦であることも兼ね備えながら、人を束ねたり、夫を支えて多くの人と交流をする、とても大変な事業です。そして、国際感覚を持ちながら忍耐強い、日本女性ならではの長所が充分に発揮され、彼女たちが充実した生活を営んでいる姿を見る時、そこに、普遍的ながら新しい日本女性の力強さを感じさせるのです。

やはり男は、女にかないません・・・。

                           内池 直人