
第11回 ブルゴーニュから生まれる『天地人』 仲田晃司36歳
今年になって、上信越地区で急に脚光を浴びているブルゴーニュのワインがあります。そのワインは、ヴォーヌロマネ、ニュイ・サンジョルジュなどの伝統的銘醸地区のものにもかかわらず、炎のようなオレンジ色の背景に、毛筆漢字で『天地人』とエチケット(ラベル)に記されているのです。
そのワイナリーは、ジュヴレイ・シャンベルタン村に所在するメゾン・ルーデュモン。もちろん、NHK大河ドラマのタイトル名と一緒だったのは、単なる偶然。醸造は、経営者でもある日本人男性、仲田晃司氏です。彼と接していて感じるのは、とても素朴なおとなしい人柄。一般的に海外で活躍する多くの日本人に感じられる、躍動的で快活な性格とは、少し違います。もちろん、全く内向的な訳ではないのですが、気遣いの感じられる、とても穏やかで暖かい、繊細で物静かな人なのです。
仲田さんは、1972年岡山県高梁(たかはし)市に生まれ、高校までを地
その後フランス語の習得は誰でも苦労するところなのですが、1999年にボーヌの学校でワイン醸造に関する学位を取得するほどになり、卒業後ボーヌの大手ワイン商で少しの間働きました。そして2000年、現在のワイナリー会社メゾン・ルーデュモンを設立します。「ルー」はお世話になった友人の娘さんの名前なのですが、「デュモン=DUMONT」は、山の意味、故郷である岡山県高梁市にある備中松山城の「山」をイメージしたそうです。ルーデュモンは、実質的に彼自身の会社であり(日本人が会社を設立する困難を避けるため、当初は友人のフランス人が代表)、実際3年後に自らが社長となり、現在のジュヴレイシャンベルタンに本拠地を移転しました。この時までのラベルは現在のような毛筆漢字のものではない、一般的で地味なグレーのラベルでした。
2003年ジュヴレイ・シャンベルタンに本拠地を移した、内輪のお披露目パーティーが、仲田さんのその後のワイン造りに対する姿勢を、大きく決定づけることになりました。この時、世界のワイン関係者の間で「神様」と呼ばれ、尊敬を受ける偉大な老人アンリ・ジャイエ氏が祝福に訪れたのでした。ジャイエ氏の訪問は、ワイン醸造者にしてみれば最大の光栄であり、少し大袈裟に例えるなら、地元の小さなサッカーチーム設立パーティーにペレが来た、みたいなものといえましょう。この時偉大な老人は、彼のクレマン(シャンパン方式のスパークリングワイン)を褒め称えると共に、「仲田さんにしかない個性、日本人としてのアイデンティティーを、ブルゴーニュワインの中でもっと表現すべき」との薫陶を授かったのでした。
そこから生まれたのが、独特なラベル、和のエッセンスが感じられるオレンジ色の背景に、毛筆書体で記された『天地人』の文字なのです。あらためて言うまでもなくワインは天候とその土地の土壌、そしてそれを造る人の努力の賜であり、天地人そのものです。ただし、それがフランス語でラベルに表記されているのと、日本語の毛筆書体で記してあるのでは、大きく違うように思えます。日本語で『天地人』で記された文字からは、『天地人』に対する大いなる畏敬の念が感じられるのです。
ただ、「フランスにない日本人としてのアイデンティティー」とはいっても、仲田さんのワインから、他に比べて奇をてらった風味など全く感じられません。村毎にある土壌の個性をごくオーソドックスに表現した味わいです。しかし、彼は地元の人も驚嘆するような地道な努力を絶やしません。例えば樽熟成中に行う作業などを、日々とてもきめ細かく調整したりしているのです。そんな姿から、実直で地道にしっかりと、ひとつひとつの行程を確実にこなしてワインを育てていることがわかります。木彫りの仏像職人が、コツコツと魂を込めて仏を造り上げていくような、そんな作業を通して、彼のワインに自然で素朴な力強さが醸成されていくようです。まさに天と地を敬い、そして味わう人にも敬意を払っているような、裏切られることのない、そんなワインを造り上げているのです。
あまり多くを語らない仲田さんですが「実は天と地の文字よりも、人の方が少しだけ大きく記されています。これは、造る人の努力だけではなく、流通や販売、レストランなど、様々な人の繋がり、そして何よりも最後に味わう人、を考えてそうしました。そこが、このラベルの小さな秘密です。」と教えてくれました。仲田さんのワイン造りに対する、思いの一端をうかがい知ることができます。
ところでこのコラムでは、第1回ローヌの大岡さん、第3回ボルドーの篠原さん、そして今回ブルゴーニュの仲田さんを紹介してきましたが、フランスでワインを造り始めた3人の男性が、いずれも30代中頃の同世代であることに気がつきました。三者三様、地方もスタイルも全く違いますが大変に面白い日本人の70年代生まれ世代が育ってきていることを再認識しました。僕も含めたそれ以前の世代の多くが、日本に帰ってくることを前提に、修行としてフランスに来ていたことに対して、彼らの世代は現地にしっかりと根付いて活躍しています。学ぶだけの時代から、創造・発信することもできるようになった彼らの姿が、とてもまぶしく感じられます。 さて、現在ルー・デュモンのワインは、年間2500ケースほどと生産量こそ小規模ですが、地元フランスだけでなく、日本はもちろんですが、韓国、台湾、中国、香港、シンガポールといったアジア諸国までも広まりまっています。有名生産家の多い伝統的銘醸地の中で、小さく始まったばかりの素朴で地道で細やかな配慮の行き届いた『天地人』の味わいが、近隣アジアの人々にも着実に評価されているのです。
内池 直人 |