
第13回 プロヴァンス生産家達の反抗工業化社会と伝統に揺れたEU欧州委員会
日本ではまもなく梅雨が明け、夏本番を迎えますが、フランスでは夏になるとロゼワインが定番といわれるほどよく飲みます。 夏→バカンス→プロヴァンス、というのがとても一般的な考え方で、長い夏休みを誇るフランス人達は、毎年大変な渋滞にもめげずに一斉に太陽と海のある南仏へ繰り出します。そのプロヴァンスのワインといえば、ロゼ。ビーチで冷やしたロゼワインを楽しむのが、典型的な楽しみ方です。そこで、フランスのみならず北ヨーロッパの人たちは、夏の太陽が見えてくると、プロヴァンスをはじめとした南仏のロゼワインに憧れをもつようになるのです。
ところで、今年2009年6月にベルギーで開催されたEU欧州委員会では、この南仏のロゼ生産者達にとって、生涯忘れられないであろう大切な決定が下されました。「赤ワインと白ワインを混ぜてロゼワインを造る手法を認める法案」が否決されたのです。
わかりにくいと思いますが、フランスを始めとしたヨーロッパでは、ロゼワインは赤と白の中間ではなく、「赤ワインを軽く仕上げたもの」という認識でつくられています。使用されるのは、赤ワインと同じ黒ぶどう。これを赤ワインと同じように果皮ごと浸漬させて、短時間(6時間〜24時間程度)でうっすらと色づいた時点で果皮を取り除き発酵を続ける、という作業を行います。(シャンパーニュ等の発泡性ワインを除いて)こういった作業については、ワイン法で定められているのです。 そのために、赤ワインと白ワインを混ぜてロゼを造る行為は、ヨーロッパにおいて長い間禁止されています。
がぶ飲みの安物ワインとして認識されがちなロゼワインですが、上質なものをきっちりと造るには、浸漬時間の見極めなど、生産者のさじ加減と技量で様々なバリエーションが可能で、軽快で繊細かつチェリーのようなニュアンスを持つフレッシュな上質ロゼは、とても素晴らしいものです。近年の醸造技術の高まりと、消費者の高級志向(美味しいワインを少しずつ)によって、最近はより一層洗練されたものとなりました。オリーブ・オイルを用いた軽く新鮮な料理(ヌーヴェル・キュイジーヌ)や和食、中華料理との優れたマッチングにおいて、実は上質ロゼワインの地位は高まっているのです。 南仏だけではなく、最近はボルドーやブルゴーニュといった赤白の伝統的銘醸地でも、高品質なロゼを造る動きが高まっています。
このような高品質ロゼが広まる潮流の中ですが、それと同時にワイン宗主国のヨーロッパにおいても、全体の需要がだぶついているにもかかわらず、近年徐々に安価なロゼが新世界から輸入されることの危機感が高まっています。またヨーロッパのワインを日本や中国など域外に輸出する時には、新世界のワインと競合することになります。 その対抗の一環として、「赤ワインと白ワインを混ぜてロゼワインを造る手法を認める法案」が起草されたのです。そもそも欧州委員会としては、製造方法について制限のない中南米やオーストラリアなどで造られる安価なロゼの多くが、赤ワインと白ワインをブレンドして造られているために、対抗措置として、短時間低コストで安易にできる赤ワインと白ワインのブレンドを認可しようという、グローバリゼーションを前提とした、欧州ワイン産業全体の競争力を高めるための法案だったのです。根本的理念は、「地域外の競争相手と同等の地位を保証する」というものです。世界貿易機関(WTO)もこの法案を暗黙裏に支持していることもあり、4月の委員会で正式に承認して欧州域内の生産者にゴーサインを出す予定でした。
ところがこの法案のアイディアが発表されると、いち早く大反対ののろしを上げたのは、ロゼの大生産地であるプロヴァンスの生産家達でした。彼等の主張は、「グローバリゼーションの理念よりも伝統文化を」というものです。先祖代々続けてきた、時間とコストのかかる伝統技法が否定されることへの反対でした。黒ぶどうを浸漬させて造るロゼこそが本物のロゼであり、赤ワインと白ワイン(しかも現実的に予想されるのは、余剰してしまった安物低品質ワイン)を混ぜたものでは、両方の個性が消された無味乾燥なアルコール飲料、このコラム風にいえば、「赤と白をブレンドしたロゼワインは、飲み手に何も語りかけてこない」という主張です。国内同業者から低価格のロゼが製造販売されることへの抵抗という打算もあったこととは思いますが、欧州委員会に反対して伝統と品質を貫こうという姿勢は、ワイン愛好者の立場からも賞賛されることです。
この反対運動は、プロヴァンスの生産家が中心となり、インターネット上での署名も展開されました。「Couper n'est pas Rose.com」http://www.coupernestpasrose.com/ が立ち上げられ、ロゼのブレンド禁止を訴え、誓願のための署名を集め、約40,000名が署名をしたのです(仏、英、独、伊、オランダ語で展開)。 この動きに、フランス全体はもとより、イタリア、スペイン、スイスの生産者や農務大臣達も同調し、欧州委員会の法案に反対を表明するようになりました。
グローバリゼーションと伝統の間で大きな波紋を呼んだこの「ロゼ法案」は、当初4月に可決承認される予定でしたが、審議が長くなり、ついに6月8日に否認される事で幕を下ろしました。工業化された大量生産の理念に対し、伝統と品質を重んじる思想が勝利したのです。ヨーロッパのワインは、高価格品のみならず、一般的な価格のものであっても、土地と気候と生産者の努力と共に、長い歴史と伝統が息づいているものが多いので、これと工業的大量生産品を一緒に扱ってしまって、伝統と歴史を感じさせる少量生産品が駆逐されてしまうようなことは避けなければなりません。今回のこのような考え方は、日本のこれからの農業振興を考える時にも通じるものがあるのではないでしょうか。
ヨーロッパでは、これからも伝統的な手法を貫いた、高品質なロゼが造り続けられる事になりました。暑さが増していく日本でも、これから高品質なロゼの再認識が進んでいくことと思います。
今回の記事は、下記の資料を参考にしました。 AFPBB News La Journee Vinicole フランス食品振興会
内池 直人 |