
第15回 海外留学20年後の哀愁映画『サイドウェイズ』のサブテーマ
男女4人がカリフォルニア、サンタバーバラ近郊のワイナリーを1週間巡る物語として、2004年に公開され、低予算ながらもアカデミー脚色賞を見事受賞、アメリカでワイナリー巡りブームが起こったハリウッド映画『SIDEWAYS サイドウェイ』。このたびハリウッドとフジテレビの共同制作としてリメイクされました。10月末から公開されることになり、先日業界関係者として、試写会に出席してきました。 主演は、小日向文世、生瀬勝久、鈴木京香、菊池凛子の4人。この4人以外出演者はすべてアメリカ人です。監督は米国人の父と日系米国人の母の長男として和歌山に生まれ、アメリカの大学を卒業したチェリン・ブラック。舞台はオリジナル版と異なり、オーパス・ワンなどが生まれる、カリフォルニアでも正当派のワイン聖地ナパ・ヴァレー。ワイン畑が広がるのどかな風景の食事シーンなどは、ワイン愛好家ならずとも心なごむものです。
日米共同版のユニークなところは、主人公4人のパーソナリティーの設定にあります。まず男性2人が20年前にアメリカ留学をした親友同士で、共に冴えないオジサンになりつつも夢を引きずっている、というところ。日本人留学生が盛んにアメリカやヨーロッパに渡航を始めたのが、バブル景気で日本社会が豊かになった80年代後半ほど前からではないでしょうか。それ以前に比べると、海外留学をすることのハードルがとても低くなって、現在に至っています。 小日向文世は、留学後にシナリオ・ライターを目指しますが、ヒット作もなくライター教室の講師を続け、弟子に出世を追い越されつつも儚い夢を追い続ける内気な男を演じています。生瀬勝久は、俳優を目指し留学をして、一時期ヒット作に出演しますが、その一作だけに終わるお調子者の陽気な男が役どころ。彼は現在もカリフォルニア居住を続けますが、現地レストランで働く毎日を過ごしています。アーティストを目指しながら、結局飲食店(最近はとくに和食系レストラン)や日本人向けの免税店の店員に働き先として落ち着いているのは、現実の留学生社会の実態であり、そのことをリアルに描いています。40代の中年になりながら、相変わらずバカ旅をする二人の姿には、自由で気ままな楽しさと共に、いつまでも一流になれない哀愁が感じられます。何よりもこの僕自身が20年前に1年間フランスでワインを学んだにもかかわらず、小さなワイン屋でのこぢんまりとした生活をしているところに、とても共感を感じてしまいます。
鈴木京香は、商社マンの娘として高校生の時にカリフォルニアに住み、その後帰国して地方の名家に嫁いだものの、離婚してしまいカリフォルニアに戻ってきている日本人女性を演じます。彼女はワインの資格を取りながら、ワインショップとワイナリーで働くことによってキャリア上昇をはかろうとします。過去にキズを背負いながらも、一人で現実に前向きに立ち向かおうとする女性、この役どころも、現代の日本人キャリア女性の姿を上手く描いているのではないでしょうか。また、日系アメリカ人として現地で働くとても明るい性格の若い女性を、菊池凛子が演じています。アメリカ社会マイノリティーとしての日系アメリカ人、という姿です。平凡な役者であれば全くつまらなくなってしまうであろう役どころですが、話題作『バベル』の菊池凛子とは全く違うキャラクターを見事に好演しているところに、彼女の役者としての懐の深さを感じさせます。
この映画に登場するワイナリーとワインは当然様々ありますが、2つのワイナリーがとても印象的に描かれています。ひとつは、フロッグス・リープ。映画では、鈴木京香が臨時スタッフとして働いています。1981年に設立された家族経営のワイナリーで、ナパ・ヴァレーとしては珍しく、1998年頃から有機栽培を始めました。(最近ではサステナブルと呼ばれる環境循環型農業にナパ・バレー全体も変化しつつあります)元々酪農一家であったオーナーのジョン・ウィリアムズ(音楽家と同姓同名の別人)は、最近流行のIT長者系ワイナリーとは一線を画した存在です。ワイナリーを設立する際、彼は自分の宝物だったBMWのバイクを売って資金を得ました。造り出すワインの味わいが評価を高め、有名になった最近も、高品質を保つために生産量はある程度の規模を保ったままです。映画の台詞ではなく、ジョンは以前こう語りました。「そもそも私達は、ビジネスの世界で正当とされる尺度で、成功の度合いを計ってはいないんだ。どれだけ新しい建物を建てたか、どれだけワイナリーが大きくなっていったか、どれだけ儲けたか、そういうものに私は魅力を感じない。サクセス・メイキングに没頭するあまり、人生の楽しみを失うなんて、おかしいだろう?」。そんな彼の人生観も知っておくと、ワインの存在もより深みを増すように思えます。こってりとした厚みのある味わいが主流のナパ・バレーの中ですが、フロッグス・リープのワインは、地中の複雑な成分を吸い上げ、それぞれ繊細なニュアンスを持っています。日本でも人気の高い銘柄です。
もう一つのワイナリーは、日本ではまだ無名に近いダリオッシュ。より小規模でスーパー・ウルトラ・プレミアム、ともいうべきゴージャスなワインを造っています。鈴木京香がワインショップの顧客から頼まれて苦労して探すけれど、ワイナリーに行っても完売で分けてもらえない特別なワインとして、『ダリオッシュ・シグネチャー・カベルネ・ソーヴィニヨン』が登場します。 オーナーのダリオッシュ氏は実はイラン人。1970年代に祖国イランからイスラム革命によって南カリフォルニアに逃れました。彼の故郷がペルシャと呼ばれた時代は、古くからのワイン産地で、革命前までは高品質ワインを生産していました。ダリオッシュはカリフォルニアに移住後、義理の兄弟とロスのスーパーマーケットを経営し、30年の間に最も成功を収めた企業として広く知られています。そして1997年小さい頃からの夢だったワインビジネスに進出、ワインコレクターからワインプロデューサーとなったのです。今日ワイン造りでも成功を収め、ワイナリーはペルシャ宮殿を模した豪華な城館になっています。代表作である『シグネチャー・カベルネ』は高価なワインで、とても贅沢でゴージャスな味わいですが、優しく包まれるように柔らかなタッチが印象的です。
新作映画の脚本家は、このワイナリーを無造作に選んだのではなく、4人の日本人に対比をさせ、地道な努力を重ねた成功者の姿として選んだのではないでしょうか?この二つのワイナリーの生い立ちや味わいを想うと、コミカルな映画もより深みが増してくるようです。
内池 直人 |