
第16回 民族色豊かな薫り(1)マティス、ピカソ、ダリにも愛された西仏国境カタロニアのワイン
ヨーロッパの正当派であるボルドー、ブルゴーニュ、ピエモンテ、トスカーナやリオハなどの伝統的なワインは、もちろんどれも素晴らしい歴史を持つ銘醸ワインですが、国境周辺のワインにも注目せずにはいられない魅力を持つものがたくさんあります。 フランスとスペイン国境地帯も、そんなぜひ訪れたい場所であり、魅力的な村々、人々と料理、そしてもちろんワインがあります。 ここであえて記すまでもないことだと思いますが、フランスもスペインも元来他民族の都市国家として反映してきた歴史があり、その歴史はフランス国家やスペイン国家全体の成立よりも古いものです。現在は、それぞれふたつの国に分断されていますが、地中海側はカタロニア民族が住み、大西洋側にはバスク民族が魅力的な独自文化を創って生活をしています。
カタロニアは13世紀にバロセロナを州都とするカタルーニャ君主国として発展し、現在フランスのルーション地区と呼ばれるペルピニヤン付近までを治めていました。言語はフランス語でもスペイン語でもないカタラン語と呼ばれる独自のものがあり、スペイン・ブルボン家の中央集権国家時代やフランコ独裁政権下の圧政時(カタラン語の禁止)にも屈せず、現在でも伝承され、最近ではカタラン語のテレビ放送局もあります。カタロニアの人々は、スペインの主流であるカスティーリャによるスペイン帝国とフランスとの勢力争いに翻弄され、17世紀にピレネー山脈を境として、フランスとスペインに分断されて現在に至っています。
フランス側は現在ルーション地区と呼ばれ、ラングドック地方と一括りにされることが多いですが、ペルピニアン以西の村々では、黄色と赤の縞模様であるカタロニアの旗がいたるところに見られることからも、独立した民族意識の高まりが感じられ、エキゾティックな空気を感じさせます。 ほとんど国境に隣接している港町コリウールは、もし機会があればぜひ訪れたい、とても美しい場所で、画家マティスが愛し生活した場所としても知られています。マティスのフォービズム時代の作品『コリウールの窓』に描かれた大胆な色彩は、この町に降り注ぐ地中海の暑い太陽が大きく影響を与えていると思います。山が近くまでそびえ、美しい港と海岸、そして狭い坂道に色とりどりの可愛い家が並んでいます。スペインを逃れるようにしてフランスに住んだピカソもしばしこの地を訪れましたし、彫刻家のマイヨールもこの隣町バニュルスの出身です。
この地のワインは、山肌の断崖絶壁斜面を利用したテラス状の段々畑から生まれます。耕作機械がはいることのできない段々畑では、人やロバ、ラバなどによって耕され、夏の暑い日差しを充分に蓄えた自然な造りのワインです。辛口の赤ワインとしてコリウール、そしてこの地の白眉ともいえる甘口ワイン、バニュルスが有名です。辛口赤のコリウールは、現地で名産のイワシやオマールなど魚や甲殻類にも良く合い、ピカソが愛飲したといわれています。ピカソはアンダルシアのマラガ生まれですが、フランスに来る前にはバルセロナに暮らしていました。彼はこのコリウールを飲みながら、目前にある国境の先の故国に思いを馳せていたのではないでしょうか。また甘口赤のバニュルスは、生チョコにとても良く合う魅惑のワインとして、甘党に強く支持されています。 この地区の偉大な生産家たちは、地元品種グルナッシュやカリニャンを中心に必要に応じて数種類をブレンドし、素朴で果実感あふれるパワフルな味わいのワインを造ります。
スペイン側には、何といっても州都バルセロナがあります。バルセロナといえば、サグラダ・ファミリアなどの建築物を生み出したアントニオ・ガウディの街として有名な大都市です。ですが、都市文化だけではなくスペイン側カタルーニャの辺境にも興味深い街や村と地方文化があります。バルセロナから100km程北に行くと、フランス国境近くのフィゲラスという街があり、ここはサルバトール・ダリの出生地として有名です。このフィゲラスとフランス側バニュルスの距離は僅かに30kmほど。ダリの美食については、語り尽くせないほど逸話があるようで、ガラ夫人に捧げた『ガラの晩餐』、『ガラのワイン』という書物の著作もしています。残念ながら僕はまだ入手していまが、機会があればぜひ読んでみたいと思います。また、フィゲラスからまっすぐ西に車で15分ほど走らせると地中海に面したロセスという村に着き、ここには今日世界中の話題を集めるレストラン『エル・ブジ』があるのです。
バルセロナという大都市を抱えているからかもしれませんが、スペイン側カタルーニャのワインには一般的なスペイン・ワインに比べて洗練されたモダンな感性が感じられます。手頃な地元ワインDOカタルーニャのものや、スパークリング・ワインのCAVA(=カヴァの95%はカタルーニャ産)は、旨安ワインとして親しみやすく、日常に楽しめます。そしてなんといっても、モダン派スーパー・スパニッシュとして世界中の注目を浴びることになった高級ワイン、プリオラートが、カタルーニャ州の代表的ワインです。プリオラートは、バルセロナ郊外の山間部にあり、標高が高く、斜面の急な畑で地元品種のガルナッチャ(フランス名グルナッシュ)カリニエナ(同カリニャン)に国際品種のカベルネなどをブレンドして造られる、リッチな果実感一杯のワインです。
カタロニアという共通性がありながら、スペイン側ワインに洗練さが感じられ、フランス側に素朴さを感じるのは、パラドックス的で面白いところです。フランス側にせよ、スペイン側にせよ、いずれにしても多くの画家たちを育んだカタロニアの深みのある芸術性と美食、そして地中海の恵みを反映したおいしいワインには、強い生命力の風味が感じられ、目を(舌を)向けずにはいられないのです。 内池 直人 |