ワインは語りかける

第17回 民族色豊かな薫り(2)  

西仏国境バスクのワイン

パンプローナの牛追い祭り 

 

 

 前回は、フランスとスペイン国境地帯の地中海側カタロニアのお話しでしたが、今回はより地方色を感じさせる大西洋側のバスク地方のワインをご紹介したいと思います。

 

 フランスの偉大なワイン産地であり、大都市のボルドーから新幹線TGVで2時間半ほどで到着できるのが、フランスとスペイン国境の町アンダイエHendaye。ここが、バスクの代表的な街への南北分岐点になるので、ボルドーの人たちが週末を過ごす憩いの場としても知られています。

アンダイエを境に、フランス側に3つの北バスク地区とスペイン側に4つの南バスク地区に分かれます。共通言語であるバスク語がありますが、海岸側と山側など、地形も多彩なためか、7つの地区それぞれに方言が存在するという、豊かな地域性があります。それだけに、旅行をしても本当に楽しめる場となるのでしょう。

 海の幸、山の幸の豊かな食材、そしてバイヨンヌに代表されるお菓子やチョコレートまで、食べ物好きにとって魅力が尽きない素晴らしいところです。山間部の静かな農村地帯とフランス側のビアリッツからスペイン側のサン・セバスチャンやビルバオにかけての海岸地区もとてもきれいで、リゾート地としても魅力的な一帯です。

 

 ヘミングウェイの名作『日はまた昇る』の舞台になったのが、バスクの首都ともいえるスペイン側の山間の街パンプローナ。毎年7月7日から毎朝一週間に渡って闘牛の牛を街に放ち、怪我人が続出するサン・フェルミン祭(牛追い祭り=実際には牛に追いかけまわされる祭り)は、彼の筆により世界中に知られることになりました。

 

 フランス側山間地の名産品としては、バスク豚が最近話題です。ルネッサンス時代から飼育されていた歴史のある豚で一時は絶滅しかけましたが、今では少しづつ養豚家の努力によって増えてきています。独特の旨みを持つことで知られていますが、まだまだ生産量も少なくとても貴重な豚です。

 

 奥地の色彩が強いバスク山間部には、フランス側で「イルーレギー」(同名の農村の名前)という地方色豊かなワインが造られています。名前も他のフランスワインと違う響きを持っていますが、ラベルもとても民族色が濃く反映されていて、眺めているだけでも楽しくなります。ほとんどが赤ワインで、荒々しさが個性のタナというフランス南西部だけで使用されている地元品種とボルドーを始めとした国際品種カベルネ・フランが主要品種となっています。カベルネ・フランは柔らかで上品な品種ですが、このバスク地方が発祥の地ともいわれ、最近の高級なイルーレギーにはカベルネ・フランが多くブレンドされるようになっています。

 「イルーレギー」は、生産者や使用品種のブレンド具合によって様々なキャラクターを持っていますが、フレッシュで酸のはっきりとしたスタイルのものは、魚料理にもあわせやすいですし、柔らかな厚みのあるものは、やはり豚料理に合わせたいものです。

 

 スペイン・バスク海側の街としては、バスク語で「ドノステア」と呼ばれるサン・セバスチャンが魅力一杯です。綺麗な海岸線に沿った街並みと、素晴らしく多種多彩なタパス(パンの上にのったツマミ)が並ぶ立ち飲みバルがとても賑やかです。海の幸がとても美味しく、1個2ユーロほどで適当につまんだあと「おまえいくつ食べたか?」と訊かれて正直に答えると、その個数分の精算となるシンプルなシステム。一晩に数カ所食べ歩きをするのがとても楽しみです。

 

最近、銀座や恵比須でも増えてきているスペイン風バルに流行の兆しがありますが、その原型ともいえる姿がサン・セバスチャンにあります。

 

 サン・セバスチャンのバルで最も楽しまれているのが、「チャコリ」と呼ばれる民族ワイン。アルザスと同じような細長いボトルに入れられたワインで(基本的に白)、ごく微かに炭酸を含んでいます。キリッと冷やしたチャコリは、ワイングラスではなく、口の広いタンブラーにサーヴされます。ボトルを頭よりも高く掲げ、タンブラーに細い瀧のように勢いよく泡立てながら注ぐのが、サン・セバスチャン流です。心地よい酸に包まれた繊細で新鮮な風味は、海の幸のタパスにとても良く合います。

 

 同じ西仏国境でも地中海側のカタロニアでは、より華やかな傾向があるのに対して、大西洋側のバスクの本質は、素朴な中の味わいにあるようです。高級レストランのゴージャスな料理やワインからではなく、立ち呑みバルで味わうひとつ数百円の(ユーロ流通以前なら百円以下でした)タパスや同価格程度のグラスワインの中から、優しさがじんわりと沁みてくるような旨みが現れて、そんなところにバスクらしさが強く感じられます。

 どことなく日本の太平洋側と日本海側の違いに通じるものがあるようです。

 

 大都市に住むフランス人にとって、バスク人は「ベレー帽をかぶった物静かな力持ち」という印象があるようです。その一方で昔から独立意識が強く、ETAEuskadi Ta Askatasuna バスク語で「バスク祖国と自由」)という急進派民族主義グループがテロ活動を行う、という過激な側面もあります。しかしフランコ独裁政権は昔話の時代となり、以前は禁止されていた民族言語は、公に認められるようになりました。そして「フランス」や「スペイン」といった国家意識は、EUによる国境検問の廃止や通貨統合によって穏やかなものになりました。民族語による放送や教育の充実傾向などから、地域民族としてのアイデンティティーを尊重する意識は、バスクのみならずEU全体で高まりました。もはや排他的な独立運動の意義は薄れているように感じますが、バスクの食とワインの魅力は輝きを一段と増しているように思えます。

 

内池 直人