
第18回 民族色豊かな薫り(3)今注目されるスペイン辺境の多彩な旨味
前回までは、フランスとスペイン国境地帯のお話しでしたが、今回も辺境というと失礼かも知れませんが、スペイン国内の興味深い地方ワインについてお話ししたいと思います。
1990年代前半ボルドーの高級銘醸ワインに始まった流行の流れは、90年代後半にカリフォルニア、オーストラリア、チリなど新世界の深みのある樽香と凝縮した果実感溢れるスタイルが注目されるようになりました。それ後自然派と呼ばれる有機栽培や環境循環型栽培が評価され、過度な抽出を避けた旨味重視の傾向に変化しています。 旨み重視の傾向が高まると、「テロワール」と呼ばれる生産地固有の個性(土壌、気候など)や多彩な味わいの変化に注目が集まり、ロワールや南仏など、今までさほど話題にならなかった地区でも若手で挑戦的な生産者が今までの概念と違った新しい味わいを創造し、注目されるようになりました。そのような流れと共に、世界的な経済不況の影響も考えられるのですが、ゴージャスで高価なものだけではなく、安くても個性的でおいしいものも脚光を浴びるようになりました。注目される味のスタイルも一方向ではなく、多彩に広がりを見せています。薄目の抽出から旨みを出すものだけではなく、素朴な逞しい大地の力強さを感じさせるものまで、様々なスタイルが日の目を浴びてきました。その典型的な例がスペインの地方ワインなのです。前回までにご紹介した国境地帯だけでなく、今まで誰も注目していなかったような場所からとても個性的なしっかりとした味わいを持つワインが格安で入手できるようになりました。
バレンシアの南西部に広がる『フミーリャ』という地区は、夏場は気温が40度を超え、冬場には氷点下にもなり、年間平均降雨量僅か300mmという大変厳しい環境が、ブドウ樹を厳しく育て上げます。地元品種モナストレル(フランスでムールヴェドルといわれる)は、フミーリャ以外ではほとんど補助品種としての地位しかありませんが、この地では素晴らしい仕上がりを見せてくれます。柔らかくリッチでしなやかな味わいがとても魅力的ですが、その知名度の低さから価格的にも魅力的です。
銘醸地リオハから西へ200kmほど内陸に入った、カスティーリャ・イ・レオン州サモラ県は、キリスト教徒の有名な巡礼地サンチアゴ・デ・コンポステラへの通過点です。ここはポルトガルとの国境近くのドゥエロ河沿いで、『トロ』と呼ばれる注目したい産地があります。1998年まではたった8つのワイナリーしかありませんでしたが、ここに来て急成長を遂げています。内陸部の暑い気候によってテンプラニーリョ系統の地元品種『ティンタ・デ・トロ』からは、大地から生まれる血のように濃厚で逞しい赤ワインが生まれます。この地方の名産といえば『子豚の丸焼き』ですが、いかにも相性が良さそうです。
前述した聖地サンチアゴ・デ・コンポステラがあるのは、ガリシア地方と呼ばれる大西洋に面した場所ですが、沿岸地リアス・バイシャス(リアス式海岸のもとになった場所)ではフレッシュで他の地区とはキャラクターが違なるデリケートなワインが生まれ、興味深いところです。海に近いところでは、魚介類にとても良く合う白ワインが生まれます。ここでは地元品種アルバニーリョから独特なトロピカル・フルーツの薫り高い味わいが生まれます。サンチアゴ・デ・コンポステラから100km程内陸に入った山間のビエルソという村は、かつて多くの巡礼僧たちが立ち寄ったところ。この地は、標高が500〜800メートルと高地にあることもあり、生まれるワインは地元品種メンシア(ボルドーで有名なカベルネ・フランの兄弟種という説も)から、瑞々しい爽やかな旨みのある果実感ある赤ワインが生まれます。このビエルソは最近始めて飲みましたが、なかなか感動できました。繊細な果実味は、肉だけでなく、魚の煮込み料理にもとても良く合います。
フラメンコで有名なアンダルシア地方は、アルハンブラ宮殿など最もスペイン的な色彩の濃い文化をもっています。ここは通常のワインではなく酒精強化されたシェリー酒で世界的に有名です。 最近注目されているのは、シェリーの中心地ヘレスから10kmほど離れた海岸線の村サンルーカル・デ・バラメーダという場所で造られる『マンサニージャ』とよばれる極辛口のシェリー。海岸線に近い畑から造られたワインには、ほのかに塩の風味が感じられ、バールでオリーブオイルでゆでられたエビなどをつまみながら飲むマンサニージャは最高です。友人のソムリエは「エビせんべいに合う唯一のワイン」と評していますが、既に酸化した味わいなので、冷蔵庫に冷やしておいて、好きな時に1杯ずつ飲む気軽さが魅力です。また極甘口シェリーの『ペドロヒメネス』は、ヴァニラ・アイスクリームに注ぐだけで極上のデザートが出来上がります。ホーム・パーティーの仕上げにもぜひオススメです。
スペインには、ローマ帝国以来伝統的な都市国家の歴史があり、それぞれの地方色・民族色が豊かで料理も非常に美味しく(ともかく素材が素晴らしい)、ラテン民族特有の大雑把な人柄もふくめてとても悦楽的です。友人のスペイン人ギタリストが唯一話せる日本語は、『シンパイスルナ』でした。毎日が不況で暗いニュースが続く年の瀬ですが、おそらくスペインの人たちは、どんな時でも生活を楽しんでいるでしょうし、スペインのワインや料理は、細かな悩み事など忘れさせてくれるような素朴で大胆な明るさが感じられます。
内池 直人
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