
第21回 自然な味わいの『オーガニック・ワイン』って何だろう?欧州委員会の規制案とロワール若手生産者ティエリ・ピュズラ
以前にも何回かお話しをしたように、『食の安全』論議と共に有機栽培ワインに対する注目度は、この10年の間に大変高まっています。 ワインの場合、基本的には有機栽培はブドウの生育環境の規制が対象となっています。しかし添加物の使用など、醸造段階を野放しにすると、あまり意味のないものになってしまうために、現在欧州委員会では、醸造段階でも『有機醸造』をおこなったオーガニック・ワインの規制を検討しています。
規制の策定が困難なのは何処も同じで、消費者保護の観点、大規模有力業者を中心とした圧力団体、小規模生産業者の思惑が様々に絡み合っていきます。
昨年10月に示された欧州委員会の規制案が、有機栽培を熱心に実践するフランスの小規模生産者たちの間から「生ぬるいザル法案」と批判を浴びています。今回の規制案で最も批判されているのは、『2013年までは、オーガニック・ワインの醸造過程で、ワインを73度まで加熱してもよい』という項目。小規模生産者らは、ワインを高温で加熱処理しては、ブドウの自然な風味を破壊してしまい、『ブドウの自然な味わいをワインに引き出す』というオーニック・ワインの哲学に反する、として反論しています。同様に、工場生産で機械処理されて生産されたワインを『オーガニック・ワイン』として認めることにも強い反感をおぼえています。(ジュルネ・ヴィニコールより)
ワインのような付加価値の高い飲料では、個性や品質を高めようとすると、手造りの要素が極めて重要になり、既存大手の工業生産的論理は通用しなくなります。しかしながら、政治的に力があり発言力を持つのは、既存大手生産者たちであることから、決め事を作るときに様々な圧力が加わってしまうようです。
ワインは現在完全に量から質への転換を迫られており、高級ワインを除いた日常ワインの需要総量は、ヨーロッパにおいても昔よりずっと少なくなっています。フランスといえども、水のようなワインを造っていた生産者たち、マイナーな生産地の生産者たちは、大変苦しくなっています。そんな中で、有機栽培の自然な風味を生かしたワインが注目を浴びるようになったのは、大衆的なワイン生産地の真面目な小規模生産者たちにとって福音となりました。たとえば、ロワールのトゥーレーヌといった、通常スーパー・マーケットで1本100円以下の水のような(水よりも安い)ワインを造らされていた生産地であっても、丹念に耕して、有機栽培を実践し、収量を落としたワインが旬な味わいの飲み物として、高く評価されるようになったのです。
消費者の健康志向から、有機栽培『Bio(ビオ)』という言葉が、都市生活者たちの間でも注目されるようになったことが、この動きを更に加速するようになり、21世紀のワイン業界では過信も含めて『Bio』がキーワードになっています。
この動きは、大量生産品が売れなくなって困っている大手業者も手をこまねいてはいませんでした。『有機栽培』という看板の下、安定的に大量生産する方法として、「様々な技術」が考えられている模様です。
小規模生産者たちの『有機栽培』自体も、ますます先鋭的になってきました。天体の動きを考慮したり、水晶の粉を牛の角に詰めて、数ヶ月間地中に埋めたものを農薬代わりに散布する・・・『ビオディナミ(バイオダイナミックス=有機自然力農法)』という、チョット怪しげともいえる農法が広まり、さらに様々な流儀を産んでいます。さらにその様々な流派を信望する愛好家たち・・・、といった宗教の異端競争のような様相を見せています。
混迷を深める有機栽培ワインですが、ロワールの有機栽培ワインを生産する若手の中で、今最も注目されているのが、トゥーレーヌ地区ブロワ(ワインと直接関係ないですが、こぢんまりとした街並みに瀟洒なシャトーと上品な教会が、いかにもロワールらしく魅力的なところ)の隣町モンティルに住むティエリ・ピュズラです。彼の造り出すワインは、赤・白とても優しく、柔らかく、やや濁った色合いと、ナチュラルな風味は、瑞々しい温野菜のような魅力があります。彼のワインは、パリのインテリたちが集う有機栽培素材専門のレストランでの人気ワインとなっていますし、日本でも人気が高まっています。一部のストイックな先鋭的ビオ生産者や愛好家たちが宗派争いのような様相を呈しているのと違い、ティエリ本人は、いつも肩の力を抜いてリラックスした様子。タバコを吹かし、ヘビメタを聴きながら、マイペースで畑仕事、ワイン造りに精を出しています。
「正直なところ、ビオだとかビオディナミだとか、うるさい論争なんて好きじゃないんだ。味わったときに、自然で工業製品的でないこと。これが全てといっても良いと思う。」そう話す彼の造るワインからは、確かにナチュラルな優しさに包まれるような味わいが感じられます。いつもリラックスした様子のティエリですが、彼の耕す畑が、周囲のどこよりもフカフカに仕上がっているのに納得させられました。とても手入れが行き届いているのです。また、彼の造るワインのほとんどはオーク樽で熟成されますが、これはロワール地方としては例外的なことです。樽熟成は、ポテンシャルのあるブドウに対しては有効ですが、時間とコストがかることと、酸化が進みやすいために、ロワールで育てられたブドウから生まれるデリケートなワインには、樽熟成が一般的ではありません。それだけ彼のつくり出すぶどうにポテンシャルがあることと、また彼の醸造技術、いかにどのようなタイミングで樽熟成を行うか・・・、等を見極める能力が優れているからに他ならないのだと思います。何もしないのが自然なのではなく、農薬や化学的な添加物に頼ることなく、自然な旨みを引き出すために、畑仕事にせよ、醸造にせよ様々な努力と、天才的な見極めが生かされていることが、彼のワインを味わうとよくわかります。
内池 直人
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