ワインは語りかける

第22回 グランジュール・ド・ブルゴーニュ参加 

婿入りが人生変えたパスカル・ラショー

パスカル・ラショー

パスカル・ラショー
  ドメーヌ ロベール・アルヌーのセラーにて
(ブルゴーニュ地方ヴォーヌロマネ村) 

 

 

  2年に一度、偶数年に開催される業者向けのイヴェントである、『グランジュール・ド・ブルゴーニュ』に参加してきました。1週間にわたり、シャブリからマコネに至るブルゴーニュの各村々の集会場に地元生産家が集い、一斉に試飲会が行われます。ロマネ・コンティは出ませんが、無名生産家の手頃なものから、一流生産家の入手困難なグランクリュ・クラスまで直接生産者がグラスに注いでテイスティングが出来るので、世界中の専門家たちにとても楽しみなイヴェントです。

 

 この会も1992年の第1回開催から、今回が第10回の記念開催となりました。ほとんど全てのブルゴーニュ生産家を巻き込んで、20年近く定期的に開催する事は、主催者の方々の大変な努力があって継続できたことであり、尊敬に値すると思います。

 開催当初はヨーロッパ経済全体の景気停滞期であったり、フランスが核実験を断行して、日本を始め各地で不買運動が起こった時期でもあり、当時の危機意識がこの大きなイヴェント開催の原動力の一つだったのでしょう。幸運にも90年代中頃になって「フレンチ・パラドックス」と呼ばれたワイン成分のポリフェノール効果によって世界中にワインブームが起こり状況は一変しました。当初はボルドー中心のワインブームも、21世紀にはいるとブルゴーニュにシフトが移っていきます。その後は経済も好況期に入り、ブルゴーニュの市場はまさに右肩上がり一辺倒でした。参加者も毎回増加し、売上数量も価格も上昇した、幸福な時代がつづきました。一昨年来のリーマン・ショックによって米英市場が極端に冷え込んだために、ブルゴーニュ・ワインは、久しぶりの危機感を迎えています。今回ブルゴーニュに行ってみると、昨今の状況から相対的に日本市場に対する生産者たちの期待感が、とても大きくななりました。(あまり期待されても困るような日本の内需状況ですが)前回2年前に参加したときは、日本に対する期待が過去のもののようだったことに比べると、状況の変化を感じます。フランスの日本文化に対するムーブメントも依然高く、芸術系のテレビ局ARTEからは、毎晩日本文化を紹介する特集番組や映画が放送されていました。

 

 このような大きなイヴェントの場合、参加する側としてみれば、通常行われる戸別のワイナリー訪問に比べて落ち着かない点は否めませんが、村ごとの土壌的な味わい、キャラクターの違いを一度に感じることが出来るのは、大きな利点です。また様々な生産家と直接話をすることが可能なために、直近3年間のビンテージの特性を知ることが出来ます。繊細なブルゴーニュのワインは、天候の違いによる出来具合の差が大きいので、とても重要な情報収集の場となります。

 あくまでも全般的な傾向ですが、現在市場に出てている2007年は、すぐに楽しめる繊細なキャラクター。2008年は酸もタンニンも堅めで長期熟成型のビンテージ。市場に出るまでの樽熟成期間も他のビンテージより長めになる傾向です。2009年は、完成度のとても高いグレート・ビンテージ。赤ワインが市場に出るのは樽熟成が完了する来年以降ですが、既に成功が確信できる素晴らしい状態にあります。

 

 消費者の嗜好の変化に対応して、生産者の取り組み方にも変化が現れています。グランジュールの始まった1992年前後頃から暫くは、甘い樽香と濃い凝縮した味わいが好まれた時代が続きましたが、これらの味わいは、ボルドーや新世界ワインの特性をそのままブルゴーニュに求めたものであり、最近はこの過度な抽出を避けて、エレガントな味わいを造る傾向が高まっています。一部では、これが全てのように報じられることもありますが、どちらかというと生産者毎に自分の畑の土壌特性と生産者としての好みにあわせて、様々なスタイルのワインが生まれてくるようになってきた、というのが真実に近いと思います。他人のしていることをあまり気にしないフランス人は、流行だからといって、全ての生産者が同じ方向には進まないのです。いずれにしても、淡い色調のワインに繊細で旨味があるものがつくれることがわかり、元来繊細なブルゴーニュ・ワインに味わいの多様性が更に深まることになりました。

 

有機栽培に対する取り組みは、前回から今回までの2年間で格段に進むことになりました。今回から公的機関で認証された生産者に対しては有機栽培マークが出展者リストに表示されるようになっていました。一部トップクラスの生産者には、公的機関での認証を得ていても、ラベルやリストに表示されることによって、「有機栽培だから」という取り上げ方をされることを好まない生産者もいるので、完全な形ではありませんし、公的機関に認証を得ていないけれど、有機栽培を実践している生産者もいるので、配布されたリスト以上に有機栽培の広がりは高まっています。

 

さてそんな状況のブルゴーニュですが、今回様々な生産者のワインに出会った中で、敢えて一人の生産者をあげるとすれば、ヴォーヌロマネ村のドメーヌ・ロベール・アルヌーが大変に印象に残りました。

 

ロベール・アルヌーは1995年に亡くなった先代の名前を残すワイナリーで、現在は1962年生まれの娘婿パスカル・ラショーが敏腕を奮っています。パスカルは、若い頃薬剤師になるための学校に行っていましたが、兵役を終えた頃出会ったガールフレンドが、ブルゴーニュの名生産者ロベール・アルヌーの愛娘で、1985年(80年代最高のビンテージ)の収穫を手伝ったことから、当時弱冠23歳であった彼の人生が変わります。

手伝いで始めたワイン醸造は、薬剤師としての化学的知識からの興味も加わり、天職と変化しました。結局義父の下でワイン造りを学び続ける道を選ぶこととなるのです。(薬剤師の資格を持つパスカルですが、栽培に関して化学肥料を中止したこともパラドックス的で興味深いことです)今日40代後半のまさに働き盛りとなったパスカルは、ブルゴーニュ最上の土壌であるヴォーヌロマネやニュイ・サンジョルジュの銘醸畑を受け継ぎ、たゆまぬ努力と天性のセンスによって、最高のワインを生みだす境地の悟りを開いたかのようです。様々な優れた土壌だけでなく、「ピノ・ファン」と呼ばれるピノ・ノワールの中で、特に小粒な亜種の古樹を大切に育てているのも、この生産者の特徴です。「ピノ・ファン」は、育てるのが難しく、収穫量も少ないのですが、小粒のブドウは表皮の割合が多くなります。実は表皮とそこに近い部分こそが、良質な香りの要素となる場所です。ワイン用のブドウは食用のものよりも元来小粒なのですが、ピノ・ファンと呼ばれる亜種は、その中でも特に小粒で繊細な風味を生みだすのです。これが、パスカルによって大切に育てられ、絶妙のタイミングで収穫・醸造されて素晴らしい味わいになります。彼の優れた力量によって、素養の良いワインが、バランス良く凝縮され、研ぎ澄まされたように透明度が高くなり、深く上品な味わいに仕上げられていきました。今まさに絶好調のパスカル・ラショーは、妻となる恋人との出会いによって、人生を輝かしいものに変えることが出来たのです。今回のブルゴーニュ訪問では、この生産家を再認識できたことが、個人的に一番の収穫だと思います。

 

内池 直人