ワインは語りかける

第23回 ビンテージ(収穫年度)の楽しみ 

興味深い2007年のフランス

収穫

待ちに待った収穫
 
(ブルゴーニュ地方) 

 

  

4月までの長い冬がようやく終わって、一気に夏めいた爽やかなゴールデンウィークとなりました。テレビのトップニュースが天候の話題、というのが当たり前の平和な国日本ですが、そんな天候の話題が大好きな私達日本人にとって、ワインの蘊蓄でとても頻繁に語られるのが、「ビンテージ」です。ビンテージ・チャート(収穫年度の点数表)を真剣に見つめながらワインを購入するお客様の姿を店でもよく見かけます。

 

ビンテージ・チャートは、「その年の葡萄の作柄を、地方別に、雑誌、専門書、メーカーなどが整理したもの」です。「19XX年が☆☆☆とか、89点」なんて書いてあると、絶対的な善悪の評価のようにとらわれがちです。しかし、評価表を作成した人の個人的な好みなども多分に入っているので、絶対的なものではありません。・・・ただいずれにしても、自分の生まれ年や、入学、入社、結婚などの記念の年がどんなビンテージ評価なのかは調べてみても楽しいもの。カードにしたビンテージ表は、ちょっとしたプレゼントに喜ばれるアイテムです。

 

さて、そんなビンテージ評価ですが、最も大切な時期は『ブドウの開花から収穫までの100日間の天候』といわれています。北半球なら6月中旬から10月中旬くらいまでです。ブドウは、基本的に雨にとても弱いので、最低限の雨が、必要な時期にだけ降ってもらうことが大切です。その上で、昼夜の寒暖差が激しいこと、乾燥した涼しい風が吹いてカビ菌がつかないこと、日照時間が長いこと、が品質を高める大切な要素になります。高い気温、というのも以前は大切な要素でしたが、温暖化によって基本的な温度が上がっているので、あまり温度が不足する事はなくなってきています。ある程度冷涼な方がワインに複雑な味わいが現れる、ともいわれています。

 

ところで、実際には同じ場所に植えられていても、ブドウの品種によって早生・晩成があり、発芽・開花・収穫の時期が異なります。そのために、特に収穫時期に発生しがちな雨が、いつのタイミングで降ったかによって大きく品質に影響します。たとえば、ボルドーでも、メルロー種は、カベルネ・ソーヴィニヨン種よりも早く収穫が終わるので10月下旬にまとまった雨が降った年は、既に収穫の終わっていたメルロー主体のサンテミリオン地区はよい年だけれど、収穫時期と重なったカベルネ主体のメドック地区は難しい・・・、といったことが発生します。ほんの少し離れた距離で天候が変化する、ということよりも現実的に発生しやすい大きな違いは、品種による生育〜収穫時期と雨の関係です。そのために、ビンテージについては、品種特性と一緒に覚えると理解しやすくなります。

 

発芽の始まる4月から、開花する6月頃までの天候は、収穫量と収穫時期に大きな影響をあたえます。今年の日本のように、20℃を超えた後に氷点下の日が来たりすると、発芽したばかりの柔らかな芽が氷結して枯れてしまうことがあります。また、開花して受粉の時期に雨が降ることによって結実不良を起こしてしまいます。これらの結果は、秋の収穫量減少に大きな影響を与えます。この事に関連して興味深いのは、複数の品種をブレンドしてワインをつくる地方(例えばボルドー)では、ある収穫年度の品種ブレンド構成比率は、生産者の意志よりも、結果として出来上がった品種毎の総量比率によって決定されることがほとんどです(特にフランスの場合)。公表されている「カベルネ60%、メルロー40%」とかいう比率は、植栽されている栽培面積比率であることが一般的で、出来上がったワインのブレンド比率が、年によっては栽培面積比率と全く逆になることなどは、日常茶飯事です。

 

また、フランス全体が素晴らしい天候に恵まれた、2005年や2009年(まだほとんどは樽熟成中)のような年もありますが、大抵の年は天候が良い地方と難しい地方が混在します。2000年はボルドーが最高ですが、ブルゴーニュは今ひとつ。2002年は、逆にブルゴーニュが素晴らしく、ボルドーが難しかった年。現在最も多く市場にある2007年はブルゴーニュとボルドーでは、低温と雨が多く生産者たちにとって大変な努力が必要とされた年でしたが、ローヌ南部から地中海沿岸にかけてはほとんど雨が降らない、とても凝縮した素晴らしい年となりました。北部と南部で激しく天候差があった、興味深い年です。

 

今まで「難しい年」という書き方をしましたが、これは最近では一概に「悪い年」ではありません。1970年代までは、天候の良い年も難しい年も同じように醸造していたために、天候の難しい年には未成熟果、カビ他病気等による腐敗果が多く混入したまま、薄い色素の果皮を長時間高温で漬け込んだ結果、粗悪なワインが造られているのが普通でした。80年代後半以降は大学等専門機関での科学的研究も進み、優良生産家の間では収穫後の選別が一般的になり、状況が一変します。腐敗果の混入が防げるようになりました。また、日照不足で果皮が薄く色素が通常より少ない時は、浸漬時間を短くして、あっさりと仕上げるようになりました。長期熟成には向かなくても、リリースしてすぐに軽快な果実感が楽しめるワインが生まれるようになりました。この選別の厳しさと醸造技術の向上は、2000年以降も着実に進歩しています。

 

優良生産者が造る2007年のブルゴーニュやボルドーには、まさに口当たりの優しい早飲みのワインが多く見つけられます。最高の年と騒がれた2005年は、フランスの全ての地域でとても健全な完熟ぶどうが収穫でき、ほとんどの生産家でしっかりとした素晴らしいワインが生まれていますが、多くの日照を得た厚い果皮から生成されるタンニン(渋み)が固く、暫く待たないと楽しみにくいワインが、高級品ほど多く見受けられました。さらにパラドックス的なのは、しっかりと凝縮感のある年でもタンニンの性格によってリリース直後からリッチな味わいが楽しめる場合もあるのが、不思議で興味が尽きないところです。もちろん生産者の技量によっても、様々な対応策があり、「この気候の年に、こんな工夫をして、こんな味わいが生まれた・・・」という話を生産者から訊きだしたり、ワインの味わいから、天候の傾向や生産者の工夫や努力を想像することも楽しみ方のひとつです。

 

そんなことからも、最近ではワイン(=生産者)の選び方を間違えなければ、ビンテージは善し悪しを判断するのではなく、性格の違いを楽しむ指針のようなものと考えるべきです。

現在市場に出ているフランスの2007年も、とても面白いビンテージとなりました。とてもとても繊細なブルゴーニュと、たっぷりと凝縮感があるローヌ南部から地中海沿岸のワインとを比べてみるのも大変に楽しいと思います。

また、白ワインは特にブルゴーニュで涼しい気候が綺麗な酸を生みだす結果となり、素晴らしいワインが多く見つけられます。ボルドーにおいては貴腐菌(ある種のカビです)がしっかりとついて、100年以上も熟成するであろう偉大な甘口のビンテージになりました。

 

内池 直人