ムートンに愛された画家たちを求めて 千賀 紗季(ちが さき)

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第3回 ジャン・コクトー
(3
ème tableau, 1947, Jean Cocteau

 3ème tableau, 1947, Jean Cocteau

 2002年7月7日、七夕の夜、時間は随分と前に遡りますが、このサイトのオーナーである内池さんと、このコラムの厳しいご意見番として、いつも私を叱咤激励してくれる某有名出版社MHのK氏に、恵比寿のRico's Kitchen*1で七夕ディナーを開いていただきました。(七夕の夜、二人の素敵な殿方に囲まれ、まるで織姫気分!彦星様が二人だなんて、不実?いいえ、一年に一度の七夕ですもの、どうぞお許しください…。ちなみに、Rico's Kitchenのお料理は、素材同士のフュージョン具合がとても心地よく新鮮です。店内はとても明るい雰囲気。その理由の一つは、Rico's Kitchenは、日本具象画の巨匠、今井俊満氏の後年の作品「ヤマンバ」〔渋谷のコギャルを描いた絵です〕を中心に壁一面が、生の鼓動で埋め尽くされているからでしょうか。この空間を訪れると、パワーをもらえるような気がします。)

ディナーはコラムの今後についての作戦会議となりました。でもお食事が進むにつれ、お酒も入って、夢見心地・・・。あらら、そうそう今日は七夕、七夕と言えばお星様、お星様と言えばきらきら、煌き…。「きらめき」「キラメキ」「ひらめき」。にわか織姫は、せっかく浮かんだこの取りとめもない連想を、書き留めてみたくなってしまいました。そこで女流画家を5人続けてご紹介するというコラム初回時の計画を変更して、今回は「ひらめきの天才」ジャン・コクトー(Jean Cocteau, 1889-1963)を取り上げることにします(でも、女流画家も必ずご紹介していきますので今後も引き続きお立ち寄りくださいね)。

コクトーと出会う

『ジャン・コクトー、知られざる男の自画像』
Jean Cocteau:Autoportrait d'un Inconnu 
1983年映画のポスター
(出演:コクトー、サティ、ココ・シャネル他)

  皆さんは恐らく、一度はコクトーの絵やオブジェを意識的にせよ無意識的にせよ、ご覧になったことがあると思います。渋谷のBunkamura Museumでも大規模なコクトー展が開かれたり、フランス本国でよりもむしろ日本での方が知名度があるかもしれません(フランスではそれほど評価されていないようです)。そこで、ここではコクトーの伝記的なお話ではなく、フランスと日本で私が出会ったコクトーに関するたわごとを書いていきたいと思います。

コクトーゆかりの場所(その1):モンパルナス 

よく言われるコクトーのイメージは、軽業師。「詩人」として小説、戯曲、映画、絵画…、あらゆる芸術に「ポエジー」(詩情)を発見する彼の感覚は、ある人々には不愉快であったり、ある人々にとっては賞賛の的だったようです。

 20世紀に入ってまもなく、10代のコクトーはパリの芸術家の集いに顔を出し、振付師ディアギレフ(Serge de Diaghilev, 1872-1929)や音楽家ストラヴィ


HOTEL アトリエ・モンパルナス
「エルテの間」寝室と浴室のタイル画
撮影:千賀 紗季

ンスキー(Igor Féodorovitch Stravinski, 1882-1971)らと進行を結びました。早熟の天才ともてはやされる一方、「軽薄」のレッテルを貼られても仕方のないことだったのかもしれません。1920年から30年代にかけて、華やかな伝説的時代のモンパルナスをコクトーと同じく闊歩していたのは、シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)、ジムノペディのはかなく消え去るような旋律が印象的な音楽家のエリック・サティ(Erik Satie)、ピカソ(Pablo Picasso, 1881-1973)、モジリアーニ(Amedeo Modigliani, 1884-1920)、いっさいの句読点を排した詩人アポリネール(Guillaume Apollinaire, 1880-1918)といった世界中から集まってきた芸術家たち。「モンパルナスの芸術家」という誇らしげな響きは、当時も今も変わらないのではないでしょうか。

フランスの知人が、ヴァヴァン通りにあるホテル「アトリエ・モンパルナス」*2の女主人マリ=ジェゼ・ティーブルさん(Mme Marie-José Tible)と友人だったご縁で紹介してもらい、宿泊したことがあります。部屋数は17部屋というこじんまりとしたプチ・ホテルですが、一階のサロンは、新鋭画家の個展や、ヴェルニサージュ(Vernissage:絵画展開催日の前日、あるいは当日に行われる特別招待のパーティー)に使用されたりもします。パレットの形をしたキーホルダーには画家の名前が書かれています。この可愛らしいルームキーで、部屋に入ります。

私の宿泊した部屋はエルテ(Erté, Romain de Tirtoff, dit, 1892-1990)と名付けられた一室。ベッド際に飾られた神秘的なエルテの絵。バスルームには、エルテの絵がモザイクで再現されています。モンパルナスの画家達に敬意を称して付けられたという部屋名には、日本人画家・藤田嗣冶の名前も加えられています。

モンパルナスの有名なカフェ
「ル・ドーム」(手前)と「ラ・ロトンド」(奥)

モンパルナス大通り(Avenue Montparnasse)とラスパイユ大通り(Boulevard Raspail)に挟まれた三角地帯に建つこのホテルは、モンパルナスの画家たちの社交場だったという4大カフェ、ル・セレクト(Le Select)、ラ・クーポール(La Coupole)、ル・ドーム(Le Dôme)、ラ・ロトンド(La Rotonde)ともすぐ近く。ここでの滞在で、ベル・エポックの面影漂うモンパルナスを存分に楽しめます。

コクトーゆかりの場所(その2):南仏マントン 

今回のコラムが遅れた訳は、8月中旬より9月上旬までフランスとイギリスへヴァカンスに出ていたためですが、ヴァカンスとはいえ、フランスではコクトーを始めムートンの画家達の情報収集をしてきました。七夕の夜の「ひらめき」が、このヴァカンスに「きらめき」を与えてくれたのでした。

何よりもまず、南仏コート・ダジュールでのコクトーとの出会いについて。レモン祭りで有名な都市マントンには、コクトー美術館*3があります。どうしてもこの美術館を訪ねたくて、イタリアまで海岸沿いを歩いて一時間程度というこの街マントンまで足を伸ばしました。イタリア語表記やイタリア料理のお店も沢山目にしました。そんなラテンな雰囲気いっぱいのこの街にはニースから電車にゆられること約40分。小さな駅から海岸へ向けてゆる

やかな坂道を下ること約7、8分、明るい海が目の前に広がります。ヴァカンスの最終の時期だったせいもあってか、あるいはコートダジュール最果てという地理的条件もあってのことでしょうか、ニース、カンヌほど海岸は混雑していませんでした。海沿いの歩道はきれいに整備されていて、ジョギングする人たちや、犬の散歩をする人たちが思い思いの時間を、太陽と海の輝きに包まれながら過ごしていました。どことなく葉山の風景を思い出してしまいました。

コート・ダジュールを愛してやまなかったコクトーは、マントンに色々なものを残しました。マントン市長の要望を受け、市庁舎に「結婚の間」(Hôtel de Ville, Salle de Mariages, Rue de la République, Riviera – Côte D’Azur, France, Tel : 57 87 87)を作っています。そして、廃墟となっていた要塞を市長にかけあって譲り受け、自ら修復して美術館としています。今回、マントンを訪れたのは土曜日だったので、市庁舎は残念ながら閉まっていて「結婚の間」を見学することは出来ませんでした。「結婚の間」は再び南仏を旅する際の楽しみの一つとしてとっておきます。

ところで、なぜ市庁舎に「結婚の間」があるかと言うと、フランスでは正式な結婚をするためには必ず市庁へ出向き、市長の執り行うお式を受けなくてはなりません。その後、自分の信ずる宗教のスタイルで儀式を挙げるかどうかは本人達次第。同棲(cohabitation)でも、公的な結婚とほぼ同等の権利・保障が認められているため、正式な結婚をするカップルは少なくなってきているとも言われています(9・11テロ以降、この流れは変わりつつあるかもし

れませんが)。この市庁舎の「結婚の間」、写真でお部屋を見るだけでもコクトーワールド全開といった感じ。ただでさえ結婚の喜び(あるいは不安、落胆?)でのぼせてしまいそうなのに、このお部屋でのお式に臨んだら、結婚そのものが空想の世界(装飾は神話をモチーフとしています)での出来事だったような気がしてしまうのでは・・・?コクトーの狙いは、そんな所だったのかもしれませんね。

コクトー美術館

さて、お目当ての美術館へは、海岸の歩道をイタリア方面へ5分程歩きます。海に突き出した岩場にそびえ立つ要塞。1636年に建てられたというこの小さな砦がコクトー美術館です。

美術館へ辿り着くと、まず私達を迎えてくれるのは、入り口の壁に描かれたモザイク画。小さな海の石をはめ込んで作られたこのモザイク画の脇を抜けて館内に入ると、さらに再び床にモザイク画があります。入り口は山側に向いており、このフロアは光が差し込まないので、少しひんやりとしています。

 照明もほとんどない薄暗い地上階から、上へ向かう階段の壁に沿って配置された絵を見ながら進み、明るい光の差し込む2階へ。この展示フロアは、暗い洞窟から外へ出た時のような印象。海に突き出るように建てられているこの美術館はまるで、太陽の光を受けて輝く鏡の中央に置かれたオブジェ。私達はこのオブジェ内部を動き回り、微妙な光の変化を感じることができます。目が慣れてきた所で、小さいながらも開放的と感じられるこの空間に、大きなタピストリー、陶器、絵皿、彫刻、スケッチ、写真などを見て回ります。

上:「 酒を飲む漁師と若い娘」
Jean COCTEAU パステル画
コクトー美術館蔵(マントン)

特にマントンの漁師と女を主題にした連作のパステル画(Innamorati, 1961)には、コクトーがこの街に寄せた愛情が溢れているようです。恋人たちがマントンの街で出会い、愛し、生きる情景が、とても親しみやすい20枚ほどの作品となっています。ワイングラスを二人で傾ける絵もあり、人間味のある空気が画面から発散しているようです。コクトーの絵に私が抱いていた印象は、例えばムートンのラベルのような、単色の線が渦巻く「隙のないシンプルさ」でしたが、この美術館では新たな発見をすることができました。

 南仏の陽光を求めてコート・ダジュールの小さな町を訪れていたコクトー。美術館を見終えた後、不思議空間の余韻に浸りながら町を歩き、海からの風を感じながら、この街に佇んでいた彼について考えを巡らせていました。このリヴィエラの空気は、パリ生まれの彼が身につけていた軽妙洒脱という香りを消し去るわけでもなく、増長するわけでもなく、ただ海と共にその自然なリズムを保ち続けていて、今もそれは変わっていない。変わらないとはいえ、それは固定した単調なリズムではなく、その人その人の状態に応じて感じられる幅が変化するようなもの。旅人はこの街を訪れるたびに、新しいリズムを発見して、自分の小さな変化を心地よく受け止めることができる、という気がしました。海と直接に触れあう生活をしていたわけではないけれど、物心ついたときから湘南の海を見て育った私は、フランスでもこの海の誘引力にひっかかってしまったのでした。

 とは言うものの、この南仏の海に心を奪われてしまうのは、私だけではないでしょう。そう、南仏を愛した芸術家たちの名前を挙げるときりがありません。南仏を愛せないわけがない、といった方が良いのかも知れません。ニース(Nice)、カンヌ(Cannes)、エクサンプロヴァンス(Aix en Provence)、アンチーヴ(Antibes)…、もし出来ることなら、南仏のどこか小さな町に住み着き、気のむくままに何度でも彼らの作品に会いに行く、なんていう生活を送ってみたいものです。南仏でのコクトーには、ヴィルフランシュ・シュール・メール(Villefranche sur Mer)のサン・ピエール礼拝堂(Chapelle St. Pierre)でも出会うことができます。

「コクトーの食卓」表紙
講談社 絶版
もちろんコクトーによるデッサン。
なんとも陽気な感じのシェフです。

 

コクトーゆかりの場所(その3):日仏・美食空間

美術館、展示会以外の場所でもコクトーと出会うことはできます。今、パリでもっとも予約の取り難いと評判のル・グランヴェフール(Le Grand Vefour, 17, rue de Beaujolais, 75001, Paris, France)のメニューのデッサン画。


上:コクトーによるメニューの表紙画
下:レストラン「グラン・ヴフール外観」

パレ・ロワイヤルという特別な場所にあるこのレストランを、コクトーはプライヴェート・ダイニングのように使っていたと言います。ル・グランヴェフールの伝説的シェフ、レーモン・オリヴェが『コクトーの食卓』(レーモン・オリヴェ著、辻邦夫訳、講談社、1985年、Raymond Oliver, Recettes pour un ami.)いう本を出版しています。コクトーの「食」に関する可愛らしいデッサンも沢山入っていて、魚、肉、卵、カクテルなどなど、素材別に彼の好きな調理法が満載。コクトーの食卓がまさに再現。私達にも再現できるかも。豪華本として出版された原語版は入手困難のようですが、翻訳本も絶版ですが古本屋等で探せます。いずれはこの本を胸に、ル・グランヴェフールへ行ってみたいものです!

コクトーを研究なさっている私の先輩に教えていただいたのですが、コクトーのデザインした陶器と彼のデッサンを台紙にしたメニューを使用しているレストランが、オデオン(Odéon)の真向かいにあるそうです。Méditerranée(メディテラネ=「地中海」の意)という名のレストラン、ル・グラン・ヴェフールほど格式重視のお店ではないとのこと。気軽に立ち寄れそうですので、調べて是非訪ねてみたいと思います。

 でも、なかなかフランスまで足を運べない皆様、ご安心ください。日本でもコクトーデッサンのメニューを見ることができるのです。先に挙げたパリのレストラン、ル・グランヴェフールは、2000年のミシュランで二つ星を獲得しました。その際の立役者、サヴォア地方出身のシェフ、ギィ・マルタン(Guy Martin)が、大阪の大林組ビル内のレストラン、ル・ポンドシェル(Le Pont de Ciel)の技術顧問をしています。そのためでしょか、この大阪のレストランは、ル・グランヴェフールと同じ台紙をメニューに使っています。

 実は縁あって、来日したギィ・マルタン自身が2002年に贈る新作料理を頂く機会に恵まれました。クラシカルな中にも重さを感じさせない、フルコースでありながら爽やかな構成は、素晴らしいものでした。素材の組み合わせの妙は、1+1が、無限であるとでも言えば良いでしょうか。盛り付けの美しさ、トリオの生演奏、目にも耳にも舌にもハーモニー尽くしのディナー。すべてに細心の心遣いが散りばめられた至極の時、思い出しただけでも、顔が緩んでしまいそう。お料理が終る頃、テーブルまで挨拶に来てくれたギィ・マルタンに、日本料理への彼の関心を少し伺うことができました。ル・ポンドシェル(天空に掛ける橋)が、まさに大阪とパリに魔法の橋を掛けてくれた夜でした。そう、当日のこのメニューが書かれていたのももちろん、ル・グランヴェフールの台紙でした。

『コクトーの食卓』の中の挿絵。

グラン・ヴェフールに食事を取りにきたカップルの姿。
パレ・ロワイヤルからレストランに入る雰囲気、よく出ています。
いつか私もこんな風に!
 

 今現在の飛行機技術では、成田―パリ間は約12時間。半日で到着するとは言え、なかなか時間がないという方、大阪のル・ポンドシェルへどうぞ。美しい眺望(すばらしい夜景でした)と洗練されたクラシカルなムード。重厚な雰囲気に包まれながらゆっくりとお料理を堪能できるお店で、コクトーの絵と出会う、こんな体験はいかがでしょうか。

コクトーゆかりの場所(その4):広尾

 続けてちょっとふざけたコクトーとの出会い。それは広尾の「龍屋」(たつや)という和菓子のお店で体験できます。このお店は、今は解散してしまった某有名音楽グループのボーカルを担当していたI.T.さん(お店の名前がそのままお名前です)のお店だそうです。なぜ彼が和菓子屋さんを始めたの?とも思うのですが、商品はどれも美味しく、ネーミング、包装にも遊び心が加えられていて、お使い物などにも重宝します。どら焼の中にホイップしたバターが入っていたり、新鮮な驚きがあります。また季節のお菓子も充実していて、夏季はフレッシュなフルーツを使用したゼリーなどもあります。お店は広尾のタダスポーツのすぐ近くにあります。さて、このお店で出会えるのは「じゃん・黒糖」というお菓子です。さぁ、声に出して読んでみて下さい。「じゃん・こくとう」→「ジャン・コクトー」?!ちょっぴり乾いた笑いを催すネーミングですが、私はこれを見つけた時、思わず手に取らずにはいられませんでした。その名の通り、黒砂糖飴。一袋450円(2002年8月現在)。黒砂糖独特の優しい素朴な味わいで、口どけも良く、ヘルシーな感じが癒し系のお菓子。疲れた時に血糖値を上げるのに最適です。これもちょっとしたコクトーとの出会いですよね。「じゃん・黒糖」、オススメです。

 最近私が経験した、日仏のコクトー体験。脈絡のないご紹介となってしまいましたが、コクトーの身軽さ、柔軟性に免じて、どうぞお許しを。

コクトーと出会う:おうちで

旅行の時間がない!という方には、おうちでコクトーと出会うきっかけのご紹介。コクトーは映画制作にも携わっています。1930年の処女作品『詩人の血』(Le sang d’un poète)は大いなるセンセーションを巻き起こしたようです。TSUTAYAのオンライン検索で調べたところ、ビデオレンタルしているようです。『美女と野獣』(La Belle et la Bête, 1945)や『オルフェ』(Orphée, 1950)など、他にもコクトーが監督した作品がDVDでも手にはいるようです。私も今回のコラムをきっかけに少しずつ見てみようと思います。
もちろん、コクトーに会えるのは視覚芸術だけに限りません。そこで、コクトーの文学作品について少し。私がご紹介できるのは『怖るべき子供たち』(Les enfants terribles, 1929)。エリザベートとポールという姉弟が織り成す心の影を描いた小説詩の作品です。個人的な感想ですが、男兄弟を持つ私はこの小説にはどうしてもなじめません。もちろんこの小説が事実である必要はないですし、この姉弟が実在する必要もないわけで、ただコクトーの世界で二人が存在できればそれで良いのですが…。とは言え、私にとっては、何度か読み返してみる楽しみがあるというか、解消不可能なゆえに気になる作品の一つです。

コクトーと出会う:カルティエ

Cartier 三連コレクション

 いわずと知れたこの世界的高級宝飾店とコクトーは縁があります。カルティエ(Cartier)の永遠の定番ジュエリー、三連コレクション*4は1924年に発表されていますが、コクトーにまつわる一つの伝説があります。

このリングはコクトーが注文して作らせた、というもの。ただし、この説には確かな証拠がないようです(私の先輩によると、コクトーがいつこのリングを購入した か、という伝票がカルティエには残っていないようです)。おそらく、晩年のコクトーが、若くして死んでしまった恋人レーモン・ラディゲ(Raymond Radiguet, 1902-23)の分とあわせて二つのトリニティリングを左手小指にはめていたこと、コクトーがカルティエの顧客であったことなども合わさって、伝説が作られたのかもしれないそうです。

カルティエは、アカデミー・フランセーズ(Académie française)のサーベル(剣)も作製しています。コクトーは1955年にアカデミーの会員に選ばれました。アカデミーとは、各界から選ばれた40人の終身会員によって構成され、辞書の編纂や文学賞で名高い、フランス最高の文化機関。「正統」を絵に書いたようなアカデミーへの入会は、彼の不遜を愛した人々を落胆させたのですが、彼がアカデミーに入る際には、彼自身のデザインによるサーベルをカルティエに作らせています。モチーフは竪琴や横顔といった彼独特なもの(これもホームページで見ることができます)。
現物のサーベルを見る機会はそうありませんが、三連リングはユニセックスで身につけられるものですし、男性も女性もカルティエ・ブティックでコクトーとの出会いをしてみるのはいかがでしょうか。

コクトーと出会う:1947年ムートン・ロッチルド

最後に、コクトーとダイニング・シーンで出会う、極めつけがコレ。1947年のムートン・ロッチルド。

 深い眼差しを湛えた美しい男性的な横顔。バッカスのようでありながら、よく見ると角が生えています。絵はまさに、葡萄をもぎとり、口に含もうとする瞬間でしょうか。このラベルを見ていると、マラルメ(Stéphane Mallarmé, 1842-98)の『半獣神の午後』(L’Après-midi d’un faune, 1875)の場面を思い出します。

 ドビュッシー(Claude Debussy, 1862-1918)の作曲で名高いこの長詩は、夢幻のように現れるニンフ(Nymphe=妖精)たちを永遠化しようとする半獣神のモノローグです。それは鏤刻に鏤刻を重ねて練り上げられた詩句の流れ。官能的なニンフと純潔を求めるニンフを巡って、湖のほとりで繰り広げられるドラマ。半獣神は笑いながら、葡萄の房を夏の太陽の光へ向けてかざし、光を湛えた果実を吸う。心地よい酔いにゆられながら、透き通る果皮から夕暮れを眺める…。マラルメの文章は、単純な「読解」を拒絶するかのように、通常の意味伝達作用を超越してしまった構造を持っています。読めば読むほど、まるで異空間へ紛れ込んでしまったかのような感覚が呼び起こされて…。コクトーのラベルを見るたびに、半獣神のこのシーンが頭に浮かびます。1947年のムートンは、もしやマラルメの半獣神が湖のほとりで手にした葡萄を閉じ込めたものではないかしら…。そんな期待感をこのラベルに思わず抱いてしまいます。皆様はどんな印象をお持ちになりますか?

 今回、コクトーを自分に引き付けて書くという行為を通して、ちょっとしたプラスアルファを増やしていく喜びを感じました。皆様も日常に少しづつでも、ムートンの画家を取り入れていって下さいね。

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追記

今回の旅行では、前回取り上げたレオノール・フィニの画廊を訪ねました。Rue l’UniversitéにあるGalerie Minskyはそれほど広くはないのですが、通り側がすべてガラス張りになっており、広々とした印象を受けます。常設展といったものはなく、さまざまなテーマに基づいて作品を入れ替えています。訪問した時は、肖像画を中心に展示されていました。私が見ている間に、一人のマダムが、所有している作品を持って画廊にやって来ました。おかげで、普段より一つ多く作品を見ることができました。こうして実際にコレクターが訪れたりするのですね。今後の予定(恐らく2002年の10月頃から)は、子供の遊びといった「動き」のある作品を中心に展示するとのこと。そして、前回ご紹介した他の画廊ですが、パリにあるのは現在このGalerie Minskyだけで、他の二つは今はもう存在していないとのことでした。
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本文中の人名、事項については可能な限り、欧語表記および生没年を丸括弧に入れました。表記不備等には十分気をつけているつもりですが、間違いがありましたら、お知らせいただければ幸いです。 

<参考文献>

この図書目録は網羅的なものではありません。本コラムに直接に関係するものに限られています。ご興味を持たれた方の図書案内としてご覧いただければ幸いです。尚、大学、短大等の図書館、研究室に所蔵が限られている文献もありますので、ご了承ください。

 1. 基本検索

フランス文学史:饗庭孝男他、『フランス文学史』、白水社、1997年。

篠沢秀夫、『フランス文学案内』、朝日出版社、1996年。

美術辞典Encyclopédie de l’Art, La Pochothèque, 2000.

『新潮世界美術辞典』、新潮社、1985年。

黒江光彦他監修、『西洋絵画作品名辞典』、三省堂、1994年。

人名辞典Le Petit Robert Dictionnaire universel des noms propres, Dictionnaires le Robert, 1994.

『岩波西洋人名辞典 増補版』、岩波書店、1983年。

百科事典Le Grand Robert de la langue française, dictionnaire alphabétique et analogique de la langue française, ROBERT, Paul, deuxième édition, Paris, Dictionnaire Le Robert, 1985, 9 vols.

 

2. 本コラムの関連書籍 ・インターネットサイト

Mouton Rothschild L’Art et l’Étiquette, Baron Philippe de Rothschild SA, 1995.

レーモン・オリヴェ、『コクトーの食卓』、辻邦夫訳、講談社、1985年。
コクトー公式サイト(英仏語のみ):1998年に設立された「アン・マドレーヌ、パトリック・ロパンクリエーション」が運営している明るい印象のサイト。1957年以来コクトーが300以上もの陶器やデッサンを製作したローヌ地方の都市シャルム(Charmes)にあるマドレーヌ工房(Les atelier Madeline)がその母体。陶器、装身具、キルトを中心としたコクトーの作品を体系的に掲載している。http://www.cocteau-art.com/cocteau/default.html
コクトー友の会(地中海)サイト(仏語のみ):コクトーの作品をより広く、深く知ってもらうためのサイト。クイズコーナーはサイト管理者へ解答を送る、というもの。かなりマニア?なサイト。http://perso.club-internet.fr/leonicat/cocteau/monde.htm

 

3. ワイン関連書籍
Précis des vins de Bordeaux, Conseil interprofessionnel du vin de Bordeaux, 2ème edition, 1997.
アラン・セジュールベアトリス・ド・ラフォリ、『フランスワイン教本』、名越康子監訳、二期出版、1994年。
クリストファー・フォークス、『ラルース ワイン通のABC』、吉田利子/葉山孝太郎訳、日経BP社、1998年。

©Saki Chigasaki, 2002.


編者脚注
 
1 Rico's Kitchen カリフォルニアワイン主体のカフェ・レストラン 
 渋谷区恵比寿
4-23-7  Tel (03) 5791 4649(戻る)
 
2 アトリエ・モンパルナス  HOTEL L’Atelier Montparnasse
( 49 rue Vavin, 75006, Paris)
(戻る)
 
3 コクトー美術館 Musée Jean Cocteau, Quai Napoléon III vieux port, 06500, Menton, Tel : (93) 57 72 30(戻る)
 
4 カルティエの三連コレクション

 

 (Collection Trinity、カルティエは美しいホームページを作っていますのでそちらでご覧になられてみてはいかがでしょうか(戻る)

                      

作者 千賀 紗季(ちが さき)

某都内有名大学大学院文学研究科(フランス文学専攻) 博士前期課程修了
現在、同大学大学院 博士後期課程在籍中

ワインライター葉山考太郎氏がCHムートンについての執筆をするときにフランス語文献の原書翻訳を担当したことから本格的にワインに出逢う。

以来、フランスワインをこよなく愛し(男性よりも?)、今日に至る。湘南地区在住