
第2回 靴の話
ヨーロッパの生活様式と日本の生活様式で大きく違うのが、家の中で靴を履いたままか、靴を脱ぐか、ですよね。もちろんパリは靴を履いたまま生活します。 就寝前や起床時には、パントゥフル(pantoufle=室内履き。日本のスリッパ感覚ではなく、締め付けのゆるい靴って感じ)で過ごしますが、基本的には一日中ずっと外出する時の靴を履いたままです。ってことは、やっぱり「靴選びは、疲れにくく、快適な靴を」なんですよ、皆さん。でも、そんなこと、フランスじゃなくても靴を選ぶときには考えますよね。確かに「パリに来て、『より一層』疲れにくい靴を選ぶようになった」というのはその通りなんですが、選ぶのは靴だけじゃないんです。 私の日本の生活では、これを選んだり買ったりするなんて、想像つかなかったもの…、皆さんは思いつきますか? 屋内でも靴を履いたままの生活をするということは、家に入る時に靴を脱がないということ…。そうです、つまり玄関には日本の住宅に備え付けてあるような「下駄箱」がないんです。靴を履いたまま家に入り、部屋や洗面所やキッチンにも靴を履いたまま。靴を脱ぐのは、シャワーを浴びる前や、「寛ぎながらテレビを見たいなぁ」とか思って、各自の寝室でパントゥフルに履き替える時。下駄箱が玄関にないから、履いていた靴をどこで保管するかというと、各自の寝室なんですね。そして下駄箱は寝室には備え付けてあるわけではないので、「家具」(Meuble à chaussures)として購入するんです。あるいは「たんす」や備え付けクローゼットの一番下の段に靴収納ケース(range-chaussures)もしくは靴棚(étagère à chaussures)を入れて整理するか…。 日本でもホテルに宿泊する時は、部屋の中で靴を履いたまま過ごすことがあるし、そういう場合は、靴はクローゼットにしまって、あればホテルに備え付けのスリッパや、持参した携帯用の小さなスリッパに履き替えたりしますよね。思い起こせば、その感覚の延長なんですが、旅行で履き替えるための靴と、毎日生活するための靴とでは、なにせ量が違うんですよ。日本でだって、夏用・冬用の靴を分けて整理したり、パーティー用の靴だったり、和装の草履だったり、購入した時の箱に入れて、クローゼットで出番を待つこともあります。でも、靴を整理するための「家具」を購入するという感覚は、こちらに来てみて初めて経験したことでした。 「下駄箱が玄関にない」という生活様式がもたらすのは、「靴の紛失」です。「紛失」と書くと大袈裟ですが、つまりは「靴をどこで脱いだかわからない」現象があるんです。ホームステイ先の子供たち(ソフィとキャロリーヌ)は、まだ8歳と5歳の女の子。学校から帰って来たら、やれカバンは階段の途中やら、ソフィの靴は浴室前に、キャロリーヌの靴が私の部屋の前に、といった具合です。クレール(ママ)に、片付けをするように怒られていますが、子供たちは聴く耳を持たずに遊びに夢中です。ところが、翌朝、悲劇がやってきます。 パジャマのままプチデジュ(朝ごはん)を食べ、寝室で着替えを済ませ、さぁもう学校へ出掛けなきゃ、と言うときに、「靴が見当たらない!」。
(ソフィ)−Maman, tu sais où sont mes chaussures ?
(クレール)−J’en sais rien
出掛ける前になると、よくこの一騒動が起こってます。クレールのこのクールな態度も、私的には、笑いのツボを押される現象です。きっとこれって、靴生活を送るヨーロッパでは、普通に親子代々引き継がれる現象なんだろうなぁ。それにしても、日本の子供たちは出掛ける前に、「ランドセルどこだっけ?」とか「帽子どこぉー?」ということはあったとしても、「靴が見当たらない!」ということはありませんよね。だって「靴は玄関で脱ぐ」って決まってるんですから!
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作者 千賀 紗季(ちが さき) 某都内有名大学大学院文学研究科(フランス文学専攻) 博士前期課程修了 現在、パリ・ソルボンヌ大学博士課程留学中 ワインライター葉山考太郎氏がCHムートンについての執筆をするときにフランス語文献の原書翻訳を担当したことから本格的にワインに出逢う。 以来、フランスワインをこよなく愛し(男性よりも?)、今日に至る。湘南地区在住。 |