第3回 ビズ!ビズ!ビズ!−フランス流歌舞伎鑑賞術−  

撮影 千賀 紗季

  

  パリはもう春。20時ごろまで日中と変わらないくらいの明るさです。  雪と寒さの冬に閉じ込められていたパリっ子達は、大空へ解き放たれた鳥たちのように、一斉にパリの街へと飛び立ちました。そして、外で過ごすのに最適なこの季節、恋人たちも、二人の親密な空間を、街中に移して…

あちこちで、ビズ(bisous=キス)。  

パリの街中、どこでビズしていても、悔しいくらいに、絵になっちゃうんですよね。というか、溶け込んでるんですよね。3月、4月に入ってから、ビズカップルをよ〜ぉく目にするようになりました。熱すぎず寒すぎず、体感的に気持ちの良い季節なんだから、好きな彼女、彼氏と、広々した空の下、ビズしたくなるのは、自然なこと。抑える必要なんて、ないんだから。

恋人達のビズもあれば、家族のビズもあり。これは、恋人達のビズとは違って、ほっぺにチュー。ホームステイしていた家の二人の女の子(8歳と5歳)は、必ず寝る前に、家族みんなにビズします。もちろん、ステイ中は私も毎晩、可愛いチューをもらってました。ホームステイを離れた今も、よく会うこの家族とは、再会するたびに、ビズ。お別れするときもビズ。なんかこれをしないと落ち着かない!みたいな感じなんですよね。もう、体に刷り込まれてる習慣。 そして、友達同士も、会社の同僚達もほっぺにチューのビズをしあう。久々の再会なんかじゃなくて、毎日会う関係だって、「元気?」と言いながら、毎日毎日、ビズ、ビズ、ビズ。プレゼントをしたり、もらったりの場面でも、必ずお礼にビズ。

挨拶としてのビズ。女性は女性同士でも、男性とでもビズが普通。でも、男性同士の場合、ビズの代わりに握手をすることも。例えば8歳くらいの男の子同士、遊びの帰り、別れ際に、 Bah, a la semaine prochaine ! Salut ! (じゃー、また来週!じゃあな!) とか言いながら、握手する。いっちょまえに、紳士然。大人の振る舞いを見て、自然と学んでいくんだろうなぁ。微笑ましい。 ほっぺにチューのビズ。恋人達のビズ。家族、恋人、友達、同僚…、大好きな相手に、尊敬する相手に、自分の親しみの気持ちを伝える、自然な表現手段なんですね。

そんなフランス人のビズ感覚。見慣れたというか、し慣れたというか、私もビズ大好き人間になりつつあるんですが、それでも、ちょっとびっくりしたビズがありました。それは、パリで歌舞伎を鑑賞していた時のこと。 2004年、市川海老蔵さんの襲名披露公演が、パリ・シャイヨー宮で行われました。日本にいた頃は、年に1、2回、チケットを頂戴したり、あるいは思い立って友人達と幕見席でさくっと鑑賞したり…。詳しくはないけど、遠い存在ではない。ということで、2004年の夏からパリに来て、市川海老蔵さんの襲名披露公演を見ていないなんて、末代までパリの「もぐり」のそしりを受けかねないと思い、見に行ったんです。

 演目は、海老蔵さんと菊之介さんが心中する恋人同士を演じる「鳥辺山心中」、海老蔵襲名の口上、そして「鏡獅子」。フランスのメディアや雑誌媒体なども積極的に取り上げていたためか(ルイ・ヴィトン協賛)、劇場内は日本人が40パーセントくらい、地元の人たちが60パーセントくらいで、満席。ここは本当にパリ?と思うくらい、和服姿の方も多く見かけました。 口上は団十郎さんをはじめ皆さんが、かなり長いフランス語と日本語でご挨拶。フランス語でしゃれもあったりして。笑いも起きたり、いい雰囲気の中の口上でした。団十郎さんは入院していた間にフランス語を特訓なさったんですかね。パリ公演から復帰した団十郎さん・海老蔵さんの親子そろっての襲名披露口上を見られたこと、とても感動的でした。

さて、肝心の舞台の様子。って、私には舞台を解説する力はありませんので。それより、肝心の歌舞伎とビズの関係へ。 私の前に座っていたフランス人カップル。彼女も彼氏も学生っぽいラフな格好。おそらく、標準的なフランス人の学生カップルという感じ。見たところ、お互いに、それほど日本通というわけでもなさそう。 「鳥辺山心中」を見終わって、まってましたの襲名披露口上が始まり…。 いよいよ終盤、市川家伝来の「にらみ(大きく目を見開いて睨むしぐさ)」はもうすぐ! 目力200パーセントの海老蔵さん、「にらんでみせやしょ〜」と言って、ぐわっと目をひんむいたところ。 この仕草を見てすぐさま、彼氏の頭には豆電球がピカ〜ン! 「これは!」と思ったらしく、すぐさま彼女に顔を近づけて「にらんでみせて」、そのまま彼女にキス、しちゃいました。 「にらみ→キス」っていうこの反応、日本ではありえないですよね。楽しくって、いいじゃないですか!

い・い・なーぁ、うらやましーい! きっと彼の中では、 「なんだかよくわからない歌舞伎を見にきちゃったけどさぁー、彼女もきっとわかってなさそうだしー。でも、一緒に見に来たんだから、ここらで、ま、キスしちゃおう」みたいな?! 「鳥辺山心中」という暗い舞台の後にもかかわらず、彼氏のこの底抜けの明るさに、ブラボー! これですよ、やっぱり。
 

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作者 千賀 紗季(ちが さき)

 某都内有名大学大学院文学研究科(フランス文学専攻) 博士前期課程修了
同大学大学院 博士後期課程在籍中

現在、パリ・ソルボンヌ大学博士課程留学中

ワインライター葉山考太郎氏がCHムートンについての執筆をするときにフランス語文献の原書翻訳を担当したことから本格的にワインに出逢う。

以来、フランスワインをこよなく愛し(男性よりも?)、今日に至る。湘南地区在住。